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    能と上方舞の「屋島」

    • 2013.11.04 Monday
    • 01:02
    JUGEMテーマ:芸能
     11月2日(土)は、大阪上町の大槻能楽堂に博燦会(山本博通 能の会)主催の〈屋島〉を見に行った。今回はただの能の会と違い、「屋島」という一つのテーマを、まず対談で語り合い、その後に能、上方舞、朗読と3通りの表現で演じられるという画期的な試みだった。
     落語家の桂吉坊がナビゲーターとして登場。やがて観世流シテ方・大槻文蔵と上方舞山村流宗家:山村若の対談となる。「〈屋島〉のテーマは義経の妄執である。」という大槻の言葉が印象に残った。その後、対談は大槻と茂山七五三に交代。ここでは「〈那須の語〉では普段の間と違い、何役も演じるのだ。」と説明があり、興味深かった。

     舞台がととのえられ、まず上方舞の〈屋島〉(地歌では〈八島〉という。)が始まる。橋掛かりから黒い笠をかざした山村若が登場。前段は春の夕暮れから夜にかけての長閑な海辺の景色の中の緩やかな舞である。西行法師の歌を境に、薙刀を取り、激しい合戦の舞に変わる。鮮やかな薙刀捌きと、高く跳躍し舞い降りるその身軽さに只々驚くばかりであった。
     更に薙刀は二枚扇の勇壮な舞に変わる。今回の山村若の舞は、最後に橋掛かりを通って揚幕の中に消えるまで、全く気の抜くところがない張り詰めた見事なものであった。薙刀といい、扇といい、ごく自然にさりげなく、事もなげに使いこなす技に今更ながら感嘆した。
     次の朗読は説明としては解り易かったが、出来ればマイクなしで語ってほしかったと思う。

     さて最後に能の〈屋島〉弓流と那須の語。能については不勉強なので、演能そのものではなく、この舞台を見ながら感じたことを書いてみたいと思う。
     旅の僧の夢のなかに現れる義経の亡霊(後シテ)が、床几から立ち、弓流しの謂れを語る寸前に、無言の囃子の中で一巡するが、その時だけ若い男の面が一瞬翳ったように見えた。それはおそらく、「落花枝にかへらず。破鏡ふたたび照らさず。然れどもなほ妄執の瞋恚とて。鬼神魂魄の境界にかへり。我と此身を苦しめて。修羅の巷によりくる波の。浅からざりし。業因かな。」の件であったかもしれない。それはほんの一瞬で、次の弓流しの件の時には、最初の若い男の面に戻っていた。


     以前に観世流シテ方の友人を案内して、生田神社から須磨の海岸まで、ゆかりの地を案内したことがある。その折にこの地に住んでいながらそれまで知らなかった、敵味方を問わず存在する膨大な死者を今更ながら思った。私たちは死屍累々の上に生きているのだ。そしてこの世にはほとんど弔われることもないまま、彷徨っている亡霊がたくさんいるのかもしれない。
     能は勝者ではなく、この無念の思いを抱きながら途上に斃れた者のためにあるのかもしれない。そして能が演じられるようになった時代を思うとき、応仁の乱をはじめとし、多くの戰のなかで生きざるを得なかった人々は、当代を語るにはあまりにも生々し過ぎて、それよりも少し遡った源平の戦を主題をしたのかもしれない。さらにこの能舞台と面という装置が、この世のものならぬ存在の表現には不可欠なのかもしれないと思う。そのように考えると現代で能を演じるとすれば、一体どの時代のものを主題をするのがふさわしいのだろうか。

     今回、このような形で上方舞を能を見比べることが出来て改めて思ったのは、能が「橋掛かり」に象徴されるように、この世ならぬものの存在を表現するとすれば、「上方舞」は、この世を表現する現世の舞なのだろうかということだった。それでもなお私は同時に夢のようなことを考えている。山村若が山村友五郎となって更に高みへと歩んで行った時に、その舞で、この世ならぬものをも表現し得るのではないかということを……。(敬称略)



     

    山村若の地歌「石橋」

    • 2013.10.14 Monday
    • 04:04
     10月12日(土)、国立文楽劇場で開催された「東西名流舞踊鑑賞会」を見に行った。1部、2部に分かれているが、第1部だけの鑑賞である。幕開けは山村流の山村若峯菫の地歌「越後獅子」。若峯菫の舞はどんな時でも安心して拝見できる。余程「地歌」の基本を究めておられるのであろうといつも感心する。観客である私はこれですっかり地歌モードになってしまった。次の楳茂都梅咲の「黒髪」が長唄だったので、ちょっと裏切られた気がしてしまった。次に吉村輝章の長唄「木賊刈」が続き、いよいよお目当ての山村若の地歌「石橋」である。
     2012年5月20日に、私はこの劇場で行われた山村流舞扇会で、今回の2部構成による「石橋」が初演されたのを拝見している。これまではほとんどの場合、後段の謡曲の部分だけを用いて、格調高い「祝儀物」として舞われてきたが、この初演と同じように、今回も前段の苦界に生きた傾城(遊女)が成仏できずに、その霊がさまよっているという設定から始まっている。(初演の折の感想をこのブログ内でも書いているので、興味のある方はもう一度ご覧頂きたい。)しかし、今回の前段はその時とはかなり変わっていて、ほとんどはじめて拝見するような印象である。山村若の独壇場である扇使いは前回よりも格段に上がり、より高度になっている。「桜」ではなく「牡丹」が散るように、扇もまた「ひらひら」ではなく「はらり」と散るのである。
     幕が開くと下手に黒地に金の牡丹唐草の打掛が掛けられている。この打掛は確かに見覚えがある。舞台前方には一対の朱塗りの蝋燭が燃えている。舞台中央でのお辞儀から舞が始まる。衣裳はシンプルで、かえってそれが心に残る。アイヴォリイの無地の着流しで、裾と襟元には濃紺を重ねている。帯は繻子の黒、獅子の刺繍が魅力的だ。ほとんどモノトーンの背景に、前に置かれた朱塗りの燭台が鮮やかだ。
     前半は難しい二枚扇を軽やかに操って、次から次へと手事を見せる。それでいて不自然さはなく、その流麗さにうっとりと見とれるばかりだ。今回特に思ったのは、流れるところはさらさらと水のごとくに留まることを知らず、それでいて決めるところはきっぱりと、その鮮やかさに驚嘆した。いつも思うことだが、このこともなげに技を繰り出す芸の裏には、どんなにか日々の鍛練があることか。
     やがて扇を扇獅子に持ち替え、胡蝶と戯れる。モノトーンの中で、この扇獅子に付いてる牡丹の花の薄桃色と、胡蝶の彩色が生き生きと空間を舞う。「影向の時節も今幾ほどによも過ぎじ」の歌詞で舞台を退場。暗くなった舞台に現れるのは青い光に包まれた深山幽谷。これも以前と同じように屏風の重なりで本当に深い山を現出させる。今回は特に月光に照らされ、銀色に光る山並みと千尋の谷を想起させられた。
     山谷に降り立ったような気分になった頃に、舞台の前には二人の後見が登場し、燭台を持ち去る。

     ややあって能と同じ登場楽が入り、次に再び二人の後見が登場。燭台を再び置きに来るが、今回は先程の朱塗りの燭台ではなく黒塗りのもので、台の部分に光が当たり、あたかも星が光っているように見える。
     程なく舞台は突然明るくなり、月光に照らされた山々は再び鳥の子屏風の連なりに戻る。
     花道から先程の黒い打掛を羽織り、生成りの大口袴をつけ、白頭に扇獅子を被った山村若が登場。この扇獅子の牡丹は白、打掛の袖口には朱が利いていて、前段の舞台とは対照的である。いつもながらこの舞台の隅々まで目配りされた色彩感には感じ入る。獅子はいったん中ほどまで来て、一度花道の奥に下がり、再び登場して一気に舞台中央まで駆けてゆく。観客は前段とは打って変わった勇壮な躍動感溢れる舞台に酔いしれる。二つの異なった印象の舞台を二つながらに見ることが出来る、とても贅沢なひとときであった。

     最後に蛇足ながら一つ付け加えておきたい。前段、後段共に満足し堪能したのだが、前段の印象があまりにも強すぎたせいか、以前に見た時よりも、今回の獅子はインパクトが弱いように感じた。そのため、前段の終わりの印象が最後まで残り、獅子の印象が強く残らない。どちらも同じバランスで演じるのか、あるいはどちらかに重きを置くのか、全曲を通してなおかつ最後に強い余韻を残すためには、如何にすべきかという課題が、未だに残されているように思う。(敬称略)
    JUGEMテーマ:芸能

    古道成寺

    • 2013.05.30 Thursday
    • 12:39
    JUGEMテーマ:芸能
     5月26日(日)、京都祇園甲部歌舞練場で行われた「京の会」を観に行った。その中で拝見した地歌「古道成寺」について少し書きたいと思う。(以下敬称略)

     「古道成寺」は三下り芝居歌。謡い物に分類されることもあり、岸野次郎三作曲(『歌系図』)。作詞者不明。能「道成寺」後段のワキの語りを原拠としながら、語り物としてアレンジされている。地歌の道成寺物のなかでも最古の曲であり、「古道成寺」と称されるのは、後に「新道成寺」や「新娘道成寺」があるためである。
     昭和32年に吉村雄輝が振付、新橋演舞場で初演した。京劇の梅蘭芳の『貴妃酔酒』における技法を参考にしたと伝えられる。

     緞帳が上がると舞台後方には三双の鳥の子屏風が並んでいる。「 昔々この所にまなごの庄司という者あり かの者一人の娘をもつ 又その頃よりも熊野へ通る山伏あり」」という謡いから始まり、下手から山村若が登場。能舞台のような趣きである。ややあって庄司娘の吉村古ゆうが現われる。二人の素踊りである。

     山伏は生成の袴にライトベージュの小格子の着物。爽やかな衣裳である。娘の衣裳は落ち着いた色合いの錆青の着物。同系色の薄青と生成の切嵌の細帯。桜の枝が金糸で刺しゅうされている。
     以前見た「ゆき」の時にも溜息をつくほど粋だと思ったが、今回も隅々まで行き届いた感覚が垣間見られた。袖からこぼれる長襦袢の柄は鱗文。舞の中でほんの一瞬ひらりと見えた裾前に桜の柄が見えたように思ったのは勘違いだろうか。いつもながら古ゆうのセンスには感心させられる。

     「人目忍ぶのうやつらや せきくる胸をおし静め かの客僧のそばへ行き いつまでかくておき給う……」
     そこから古ゆうの抑えた女の情感が光る。堪り兼ねて「夜半(よわ)にまぎれて 逃げて行く」。この時の逃げに逃げる振りの山村若の巧みさ。「幸い寺をたのみつつ しばらく息をぞつぎいたる」僧。(安珍)

     やがて逃げられたことを知った女の怒り。「ええ腹立ちや腹立ちや 我をすて置き給うかや」。古ゆうは先程の可愛さとは打って変わり、怒りと執着を露わにした違った顔を演じて見せた。やがて蛇の姿となって日高川と渡る女。(清姫)
     

     ここから山村若は山伏(客僧)から一変して波の姿を舞い分ける。高まる波。沈む波。逆巻く波。女を呑もうとし渦巻く。それらをいつもながらの見事な扇使いで表現してみせる。象徴的でありながらリアリズムをも感じさせる演出である。このワキ僧が二枚扇を用いて波や松などの背景まで表現して、シテの清姫を浮き上がらせていく構成や、演劇的なパントマイムなどの斬新な振付は、初演の際も話題を呼んだという。 片や古ゆうは清姫の高まる情念を六方を踏むことで露わにして見せた。
     

     「住持も今はせんかたなくも 釣鐘をおろして隠しおく」。安珍を閉じ込める鐘。「たずねかねつつ怨霊は 鐘のおりしをあやしみ 龍頭をくわえ七巻まいて尾をもってたたけば 鐘が即ち湯となって 遂に山伏とりおわんぬ」。ここでも現われた安珍は再び黒子と変身する。古ゆうの後ろに回り帯を解き、長く伸びたその細帯は黒と金の鱗の文。その帯に自ら巻かれて「なんぼう恐ろしい物語り」は終わるのである。実にユニークでウイットに富んだ振りである。そしてこの振りを見事に舞い切るのは、やはり古ゆうと若の二人であったればこそと、余韻が残るまま歌舞練場を離れた。
     その日の月は十六夜で、旅の空で見上げながら、多分その夜は夢にまで、七巻きまかれる夢を見そうだと妙に胸のざわつく時を過ごした。(了)

    山村若の「青海波」

    • 2013.03.24 Sunday
    • 22:28
    JUGEMテーマ:芸能
     3月23日(土)に国立文楽劇場で開かれた第53回日本舞踊協会関西支部「舞踊の会」を観に行きました。時間がなく第一部だけを見ただけなのですが…。
     長唄「二人腕久」の美しさと「臥猫」のユーモラスな風情も印象に残っていますが、もちろんお目当ては山村若の「青海波」でした。

     今回の「青海波」は山村若峯童との素踊りの二人立で、黒紋付のオーソドックスな衣装が金屏風に栄えて、祝い曲にふさわしく、清々しい印象でした。
     山村若の柔らかな所作と、若峯童のきっちり筋目の通った抑えた演技が、対照的でかえって互いに引き立て合っているような気がしました。そしてその若峯童が恋の所作を舞う時に、それゆえにこそ初な魅力を感じました。

     後半、舞台は急に金の屏風から銀の屏風に変わります。明るい陽に曝された海辺は、一転して月の優しい光に変わるのです。そして扇の青は、昼の光の下の青空から、月光に照らされた海の青に変わります。
     それにしても何故、山村若の手になると、扇はこのように違った様相を見せるのでしょうか。それはまるで「いのち」をもち、生きているかのようです。扇の青は空になり、海になり、波となって揺らぎ、風を呼び込みます。私はその扇のいのちを見つめながら、いつもただうっとりと眺めるだけです。
     それとともにその裏に、見えないどこかで重ねられる山村若の深く厳しい修錬を思います。そしてこの扇とともに、山村若がいつまでも健やかに、より深く、より高みへと舞い続けることを祈っています。

    第27回 邦楽・舞踊まつり

    • 2013.01.30 Wednesday
    • 17:58

     いよいよ1週間後になりました。上方舞のお稽古をずっと続けているのですが、山村郁子先生が上本町・近鉄の文化サロンでも教えていらっしゃって、その主催で2月4・5日、国立文楽劇場で「邦楽・舞踊まつり」が開かれます。先生のお勧めで出演させて頂くことになりました。私たちのグループは2月5日(火)午後3時からです。山村郁子先生の舞も拝見出来ますので、お時間がありましたらご覧下さい。チケットは阿倍野、上本町、奈良。橿原の各近鉄文化サロン(上本町TEL.06-6775-3545)で購入できます。(前売り¥800 当日券¥1,000)

     私たちのグループの番組は下記の通りです。私は本名の武貞京子で出演しております。

    東西名流舞踊観賞会ー山村若の「天鼓」を中心に

    • 2012.10.15 Monday
    • 03:43
     10月13日(土)国立文楽劇場で開催された「東西名流舞踊観賞会」を見に行った。二部に分かれていて、残念ながら時間的に都合がつかず、第二部のみの観賞となった。

     幕開きは吉村古ゆうの「雪」。地唄舞の名曲である。着流しの舞は、これまで見た衣裳付けのどの舞よりも、女舞らしく情感に充ちていた。舞のみならず、その衣裳にも心魅かれた。濃紫の無地の着物に黒地に雪の結晶の帯。着物の八掛けも同じ黒地に雪の染。帯の雪の模様の亀甲の中に「古」と書かれていたので、おそらくは古ゆう自身のデザインによるものなのであろうか。衣裳も含めて極めて印象深い舞台であった。その後、藤間恵都子による清元「玉屋」、花柳寛十郎による長唄「娘道成寺」と続き、15分の休憩。

     さていよいよ山村若の「天鼓」である。元々は世阿弥の作とも言われる能の演目である。今回は山村楽正が振り付けた一中節の曲を、山村若が初めて上演する。私は楽正が演じたこの曲を見たことがなかった。したがって前後でシテの人物が異なるこのような難しい作品を、一人でどのように演じるのかということへの興味もあった。さらにかつて見た山村若の「貴船」や「山姥」のように、能と上方舞がはっきりと演じ分けられているのか、あるいは全部を能の作法に則って演じられるのかという疑問もあった。

     幕が開くと辺りは真っ暗な岸辺。やがてほんのりと明かりがさして真っ青な水面が現れる。岸辺には葦だけが揺らぎ、いちめんの青い水面にも波の揺らぎが映し出される。そこには静けさだけが漂っている。
     後漢の時代、母が天から鼓が降ってくる夢を見て授かった子、「天鼓」。やがてその少年のもとに本物の鼓が降りて来て、彼がその鼓を打ち鳴らすと妙なる音が響き渡る。噂を聞いた皇帝はその鼓を所望するが、少年はその鼓と共に山に隠れてしまう。やがて探し出され、鼓は奪われ、少年は殺され大河呂水に沈められてしまう。召し上げられた鼓はそれ以来誰が打ってもなることはなかった。やがて天鼓の老父、王伯が呼び出され、その鼓を打つようにと命じられる。
     観客の前に青い静けさがしばし漂った後、花道から山村若が扮する老父王伯が登場する。面(おもて)は付けていないが、白塗りの老いた表情で、おそらくは直面(ひためん)を意識しての無表情である。遅々として、時にはよろめき、老いた足取りである。
     やがて湖の畔にまで辿り着く。我が子を無残に殺された無念さ。喪失の悲しみ、怒りと憤り。鼓を打つか、打つまいか、王伯は逡巡する。能では老父は参内して鼓を打つことになっているが、舞台では青い水辺の背景の前で演じられる。それは実際の風景ではなく、王伯自身の心の風景なのかもしれない。
     山村若はその沈黙の演技のなかで、ただ一度だけ声にならない叫びを上げた。そして思い決めたように鼓を打つ。命じられたからではなく、その鼓を打つことによってしか、逝った息子と会う術はないと思い至ったからなのか。あるいは儚い少年のいのちの愛おしさを思う故なのか。父の思いは天に届いたのか、鼓は再び妙なる調べを響かせる。そして暗転・・・。
     この暗転はかなり長いので、果たして舞台が今のように真っ暗なままがいいのか、あるいはたとえば紗幕を下ろしてその前を岸辺のままにするとか、もう少し工夫があった方がいいのか、とも思ったりした。

     再び水辺の風景。青い水は青い空に変わり、白い雲が流れている。舞台には羯鼓台(かっこだい)が置かれている。下手から登場する「天鼓」。先程とは打って変わった山村若の姿である。天鼓の衣装は能の舞台そのままである。軽やかで歓喜に充ちた少年の舞。生き生きと躍動感あふれる舞であった。老人と少年の対比、悲しみに打ち沈む老残の心と、生命に充ち溢れ喜びに充ちた若い魂を、二つながらに舞い分け、演じ切った山村若の演技に感動した。
     しかし同時に山村若自身は、おそらく今回の演技では満足していないのではないかという思いも抱いた。歳を重ねるにつれ、老残の演技は深みを増してゆくであろう。しかし若い少年の躍動感を演じるためには、歳の期限があるのかもしれない。世阿弥が「花」と呼んだものを自らが体することができるという期限が。その意味では早い時期の再演、再再演を期待して止まない。そしてその時こそ、山村若の完全燃焼の舞台を見ることができるのではないかという、胸の震えるような望みを覚えるのだ。

     最後の舞台は尾上墨雪、尾上紫の父娘による長唄「連獅子」であった。手獅子の素踊りで清潔感に充ち、見応えがあった。また一人、舞踊会で見る楽しみな若手が増えたことを喜びたい。
                                      (敬称略)       

     
     

     
     

       

    大阪松竹座 第3回 五耀會 

    • 2012.06.11 Monday
    • 02:16
    JUGEMテーマ:芸能
     6月9日(土)、大阪松竹座で行われた五耀會の公演を観に行った。平成21年の旗揚げ公演、22年の大阪での第2回公演に続き、第3回目の公演である。昨年は東京のみで大阪では見送られたので、ファンにとっては待ちに待った公演であった。今回は昨年東京で好評だった『五彩華戯場(ごしきいろどるはなぶたい)』の大阪編なのだという。「古典、新作を取り混ぜた5つの演目に楽屋での、人間模様も盛り込みながら一つの作品にしたもので、〈日本舞踊のウラとオモテ〉つまり、楽屋風景と表舞台の両方をお目にかける」と、プログラムの挨拶には書かれている。
     最初はメンバー全員による江戸日本橋から京都までの旅を描いた長唄【旅】。東海道五十三次の道中が軽妙に表現される。最後に辿り着いた京の町での祇園祭の表現に象徴されるように、全体を通じて解りやすいイメージで、観客にも共に旅をしているような感覚を共有させる。
     一幕目が終わると、引幕の代わりに5つの暖簾が現われる。さらに幕間に思いがけなく落語家の桂吉坊が登場。途端に客席の空気が変わり、打ち解けた雰囲気になる。それがこの起用の目途でもあっただろうが、彼の若さが際立つ語りである。幕間の度に暖簾の中から五耀會のメンバーが取っ替え引っ替え現れて、演目の説明やエピソードを掛け合いで語ってゆく。
     次は花柳基と山村若による地歌【京都十二月】。楳茂都流の大切な演目なのだという。京都の季節のめぐりをユーモア溢れる振りの、あるいはしっとりとした風情で表現する、二人の息のあった舞を味わい、何故かこちらまで豊かな気持ちになった 。
     暖簾の前には次の演目清元【柱建萬歳】の衣裳をつけた花柳寿楽と西川箕乃助が現れ、ひとしきり喋った後、暖簾の中へ。そして二人は太夫と才造となって再び花道ら登場。江戸と大阪、東西の掛け合いを披露した。

     ここで緞帳が下り、30分の休憩。それにしても人人人。松竹座がこんなに人で溢れたことがかつてあっただろうかと思うほど。2階のお茶を飲むスタンドに並ぶ列があまりにも長かったし、松竹座アイルには食事のためのお店はあるが、カフェは1軒もない。あきらめて1階まで下り、一旦外へ出て外のお店で飲み物を調達した。
     さて改めて舞台に戻ろう。清元【流星】は花柳基の牽牛、山村若の織女、藤間蘭黄の流星という配役である。今回も暖簾の前での会話が披露される。織女に至っては鬘もつけずにヒラヒラの袖で登場し、司会役の吉坊を驚かせる。そして本番。牽牛と織女の3年ぶりの出会い、しっとり濡れ場をと思いきや、いつも流星がその場を遮る。流星役の蘭黄は一人で雷夫婦、子供の雷、婆雷と八面六臂の活躍ぶりである。七夕は元々中国の伝説なので、金襴の衣裳も髪型も中国風になっている。それはそれでスペクタクルで良かったのだが、ふとこの演目を和風にしたらどんな感じになるのだろうと思った。そうすれば牽牛と織女はもっと情緒深く、流星は江戸の粋をもっと鯔背に表現できるのではないだろうか、などと勝手なことを考えてしまった。全くの素人だから言えることなのだが…。

     さあ、いよいよ最後の演目だと思っていたら、またまた吉坊が、しかもせりで登場。さらに下手から箕乃助、寿楽のご両人も。幕間で用意されていた質問を披露し、丁寧に応えていく。観客と共にという精神が徹底している。「何か心がけていることは?」という質問への二人の答えが印象に残っている。箕乃助は「謙虚に。」そして寿楽は「観客に夢を!そして自らは品格を持ちたい。」と答えたのだ。(但し要約して書いていることをお赦しのほど。)ここでは二人だけだったが、それはおそらくメンバー全員のモットーであるに違いない。そうであるからこそ、このように3階席まで満員の盛況を生み出しているのだろう。伝統芸能でここまで集客できるのはこの五耀會を措いて他にはない。
     実は当日になってチケットがほしいと言ってきた人があったのだが、さすがにもう手配できないと思い、直接受け付けに聞いてみて欲しいといったところ、当日午前中にはもう残り5枚となっていたのだという。その人は慌てて早めに出てようやく確保できたのだと驚いていた。
     最後の演目は清元と長唄による【楽屋のれん】。藤間蘭黄が作詞をし、「五尽くし」の古今の名物を並べた、軽快で華やかな舞踊である。五人の演技だけでなく照明も現代的で、レビューのような雰囲気さえ漂っている。古典を演じながらも、現代に生きる意欲に満ちた舞台であった。今回は旗揚げ公演の時のようなフォーマルなものではなく、「肩のこらない楽しい作品として」観客を飽きさせない趣向に充ちていた。来年もこの五耀會の公演を関西で見ることができるようにと切に願っている。(敬称略)


    山村流舞扇会と地歌『石橋(しゃっきょう)』

    • 2012.05.24 Thursday
    • 04:06
    JUGEMテーマ:芸能


      5月20日(日)、大阪の国立文楽劇場で催された山村流舞扇会を見に行った。今年は流祖・友五郎が歌舞伎の振付師であったことから、歌舞伎舞踊として伝承されたたもの、歌舞伎舞踊から影響を受けた地歌、上方唄を中心に構成されている。第一部の終盤の長唄『大原女奴』は前半はおかめの面をつけ黒木売りの独特な姿で滑稽さを表現し、後半は衣装を引き抜き、威勢のいい国入り奴となって、奔放な踊りを披露する難しいものだが、宗家の長男である山村侑がこれまで稀であった本衣装付きで見事に舞い終えた。昨年よりも幾周りも大きくなって、悠然たる舞で将来が楽しみである。第一部の最後は山村光の『閨の扇』。三代目歌右衛門が演じた七変化所作事『遅桜手爾葉七字(おそざくらてにはのななもじ)』の一曲目「仮初めの傾城」の一部が地歌に残ったものという。目が醒めるような鮮やかな「本傾城」の衣裳と、いつもながらの山村光の溜息が出るような美しい舞を堪能した。
     第二部では若徳の長唄『島の千歳』の長袴の捌きと清々しさが印象に残っている。また若峯董の長唄『松の緑』の確かな演技が見事だった。圧巻は六世宗家・山村若の地歌『石橋』である。「今回の振付は復元ではなく、現代に於いての新しい作品として」、山村若自身が振り付けたという。地歌『石橋』は後の『変化物』に通じる歌舞伎の演出の一つ「怨霊事」の遺風を留める作品だと言われている。前半は着流しで傾城の舞を、後半は「肩獅子を付け大口を穿いて能の『石橋』に近づけている。
     それにしても山村若の扇使いはいつ見ても鮮やかである。この一瞬の演技の裏にはどれほどの時と研鑽が潜んでいることだろうか。しかもそれを微塵も見せずに。以前に「自分の演技は〈技術〉だけだ。」と言われたのを聞いたことがあるが、もしそうだとしたら、それは〈能〉でいう技術に通じるものがあるような気がする。目の前の〈技術〉に集中することによって、その演技で表現する対象の本質に迫るための〈空の器〉になるからこそ、あのような華麗な演技が生まれるのであろう。
     後半の〈獅子〉は怨霊と言うよりも、傾城そのものの可愛さだった。気高く美しい獅子の舞に暫しこの世の憂さを忘れた。

     最後にどうしても付け加えて置かなければならないことがある。それは山村若の演技だけでなく、その演技を支える舞台芸術の卓越性である。静岡の公演の時もそうだったが、今回の舞台でも実に見事に屏風を使っている。傾城の演技が終わって暗転となり、ややあって五枚の屏風の連なりが現れる。さらに照明の効果で後ろの二双は濃淡の墨色の重なりとなる。それは深山幽谷そのものなのだ。このひらめき、この発想は余人には代え難い才能である。
     その上宗家夫人の衣裳に対する抜群のセンスが加わる。頭に桜色の牡丹をつけた白獅子は、桜色の袴に黒地に金の牡丹唐草の打掛を纏っている。袖口と裾は緋色で裏打ちされている。細やかな行き届いた目線が舞台の隅々にまで届いている。そればかりではない。毎年のプログラムの詳細な説明と研究もまた、宗家夫人山村郁子の手によるものである。長年に亘る陰の労力と支えがあってこそ、あの華麗で見事な舞台は紡ぎ出されるのである。常に謙遜で熱心なお二人に敬意を表したいと思う。                 (敬称略)

    中所宜夫の山姥―白頭

    • 2012.05.04 Friday
    • 13:57
      五十の手習いで始めた目下修行中の上方舞には「本行物」と呼ばれる舞があって、その所作は「能」から取られたものであると言う。『山姥』もその一つで、これまで何度か上方舞の舞台では見ていて、今年初めには山村流宗家、山村若による公演が静岡であり、深く感銘を受けていたところだった。中所宣夫が『山姥』を演じることは昨年から聞いていたので、ちょうど二つを見比べることが出来るまたとない機会であると楽しみにしていた。 4月28日(土)、前日の強い雨が嘘のように晴れ初夏のような日差しの中、浮き立つ心を抑えて千駄ヶ谷の国立能楽堂へと向かった。「観世九皐会春季別会」として、能『西行櫻』、狂言『秀句傘』、能『山姥―白頭』が開かれる日であった。中森寛太が演ずる雅な櫻尽くしの夢幻能と、野村万作によるユーモア溢れる狂言を堪能した後に、待望の『山姥』がいよいよ始まることになった。
     
     まず橋掛かりから百萬山姥と呼ばれている都の遊女(ツレ)が従者(ワキ・ワキツレ)を伴って現れる。善光寺詣での旅の途中であるという。道半ばで日暮れとなり、困っているところへ一人の老女(前シテ)が現れる。中所宣夫の老女はどこか頼りなげで弱々しく、老いを感じさせる立ち居振る舞いであった。揚げ幕が上がり、橋掛かりから舞台に辿り着くまでは、その表情は確かに能面のそれであったが、遊女や従者と語らううちに、何故か次第に老女そのものに変わっていった。 いつも不思議に思うことなのだが、彼が演ずるシテは、いつも能面が次第に変化し、人間の顔になってゆくのである。以前に能『松風』を見た時もそうであった。『松風』では亡くなった行平の烏帽子と狩衣を身に付けた時から、狂おしいまでの女の恋情を表現した。しかし今回は手足の動きも緩慢な、表情も乏しい老いた女の様である。老女は都で「百魔山姥」と呼ばれている遊女に向かって、「自分こそは本物の山姥であり、月の出の後に再び現れ、真の姿を現して舞って見せよう。」と告げて消えてゆく。
     
     再び橋掛かりに現れた時には、その面は長く乱れた真っ白な髪に覆われ、老女の時の弱々しさは消え、山姥の姿で鹿背杖を持ち、まっすぐに舞台に歩いて行く。そして山めぐりの曲舞を舞い始める。「生まれも知らず宿もなく、雲水を頼りに足を入れない山はない。」「邪正一如と見るときは色即是空そのままに」…。 中所宣夫の『山姥』は、謡いつつ舞いながら、実に多くの表情を見せた。苦しい山めぐりの辛さ。自らの境遇へのあきらめと悲しみ。そしてこの世の理不尽さへの怒り。その姿を見ながら、私の心の中には幾つもの思いが去来していた。何よりもこの世の名も無き人々、虐げられた民、鬼や獣の名を付けられ、歴史の表舞台には決して現れることのない人々、そのような存在を、山姥は象徴している。そしてその存在そのものの哀しみと絶望をも、中所宣夫は表現したのである。
     
     そしてそれは世阿弥の時代に留まらず、現代でもなお、形を変えて存在し続けている。人間存在そのものが、誰かの労苦の上に成り立たざるを得ないという「業」を背負っているのかもしれない。 伝統にしがみつくのではなく、世界あるいは社会に生きている人間が、どの時代にも等しく味わい、感じるであろうことを、伝統の中で表現してこそ、普遍の芸術として、さらに永続してゆくことが出来るのだということを、中所宣夫の「能」は語っているようであった。それは単に「能」を技術だけで表現しても成し得ないことであろう。彼自身が人間として「識」を働かせ、「能」を単に演じるだけでなく、自らを明け渡し、その人物を生きてこそ、このような表現が出来るのであろう。(了)(敬称略)

    山村流の地唄舞

    • 2012.01.28 Saturday
    • 04:59
    JUGEMテーマ:芸能
    yamamuraryuu.JPG もう1週間も経ってしまったが、2012年1月21日(土)、静岡音楽館AOIで行われた「山村流の地唄舞」を見に行った。
     幕開きの祝儀曲≪八千代獅子≫から始まってすべてが山村若、山村光の二人の舞で、「上方舞」とは何か、ということが解るという贅沢な演し物である。
     このホールは元々その名が示すように音楽を演奏するためのものであり、緞帳や幕はない。そのため上演時間になるとまず中央に金屏風が置かれ、脇にはそれより少し小ぶりな鳥の子屏風が置かれる。さらに囃子方の座る場所と、下手の舞手が登場する場所には毛氈が敷かれる。燭台が点されるといよいよ舞の舞台が始まる。
     地唄舞≪八千代獅子≫は「獅子舞」を品よく座敷舞に取り入れ、小さな獅子を手に持って舞われるのだが、衣裳の白がめでたさを弥増しているように思われた。
     華やかな舞台が終わると暗転となり、次は三絃と筝と唄だけの地唄≪狐の嫁入り≫。唄が終わるとまた暗転、そして山村若と光による地唄舞≪蛙(かわず)≫。動物などを面白おかしく歌い込んだ「滑稽物」「作物(さくもの)」と呼ばれる作品の一つである。歌舞伎にも見られるが、上方舞のこの「作物」の所作にも幾つかの動物の仕草や振りがある。「蛙」の特徴的なそれは、大きく広げられた手と、跳躍、鳴き声(台詞)であろう。山村若は見事に「蛙」の大きく広げられた手をかざし、最後に軽々と宙に舞って、高々と笑って舞い納めた。ここで幕合となる。
     プログラムには≪ゆき≫の後に≪蛙≫となっていたが、当日順序が逆になった。最後の≪葵の上≫に繋げるためにも、この順序の変更は必然であったと思われる。

     後半の舞台にもまず屏風が設えられる。燭台が点されると前半の金屏風は銀に代わり、それゆえに舞台も忽ちのうちに静寂に包まれる。やがて下手から山村光が現れる。あまりにも有名な地唄舞≪ゆき≫である。これまでにも幾度も≪ゆき≫をみたが、今回の音楽堂での舞は、「何もない」ことがかえってこの舞の本質を際立たせた。菊原光治の唄・三絃と菊萌文子の胡弓が、音楽堂ならではの響きで切々と心に沁みる。
     私は何故か、かつて見た山村光の≪竹生島≫を思い出していた。それは私にとって「地唄」の凄さに開眼した舞台だったのだが…。今、眼の前で舞っている人が、かつてあの≪竹生島≫を舞っていた、凛とした潔い靭さを秘めた人だとは到底思えないほど、華奢で可憐な≪ゆき≫だった。
     暗転。屏風が金に代わり、菊原光治、菊央雄司の唄・三絃による地唄≪浪花十二月≫。菊原光治の唄は言わずもがなであるが、今回もう一人の菊央雄司の声に惚れ惚れした。そしてまた暗転。更に屏風は銀に代わる。いよいよ最後の山村若による地唄舞≪葵の上≫である。
     ≪葵の上≫は謡曲「葵上」から取られた「本行物」で、流儀の奥許しの曲として大切に舞われている。生き霊となった「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)」の恋を比翼の蝶に見立てての二枚扇の舞から、衰えた我が身への嘆き、苦しみ。「生きてこの世にましまさば/水暗き沢辺の蛍の影よりも光る君とぞ契らん/…/夢にだに返らぬものは我が契り/…/いう声ばかりは松吹く風/さめてはかなく成りにけり」
     
     今回、この舞台を見て、「山村若は芸術家である。」という感慨を深くした。それはこれまで見た国立文楽劇場や南座などの舞台とはおよそかけ離れた、「音楽堂」での公演であったからかもしれない。
     現代において伝統芸能を考える時、それらが発生した時代とのあまりにも大きな違いを感じざるを得ない。昔は貴族なり武士なりの有力な庇護者、後援者の存在があった。しかしそういう存在を、今の時代は或る意味で否定している。芸術家は独自に、全く違った方法でその存続を図らなければならない。私はこれまでそういう意味で伝統芸能の存続に対して危機的な危惧を覚えていた。
     しかし「芸術家・山村若」の存在はそうした危惧の念を払拭する一つの希望を抱かせる。彼はおそらく芝居小屋や、劇場が無くなったとしても、舞い続けるだろう。舞台が音楽堂であった今回は、金や銀や鳥の子屏風を設えることによって…。それがたとえば海辺であろうと野原であろうと、彼はさらに舞うための舞台を設えるであろう。もっと過酷な砂漠や荒野であろうとも…。
     あの快活で磊落な彼のどこにそのような力が潜んでいるのだろうか。幼い時から扇を玩具代わりに用いて遊んでいたという生い立ち故なのか。それとも誰にも見せたことがない芸術家の心の闇を、彼もまた抱いているからなのか。(敬称略)                  
     

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