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    せせらぎの小径と田口義弘追想サロン

    • 2011.07.25 Monday
    • 01:06
    JUGEMテーマ:旅行
    shirakaba.JPG 7月23日(土)朝、八ヶ岳高原自然郷を出る前に、「せせらぎの小径」を歩きに行きました。時間があまりなかったので、川が見える所まで歩いて、川辺にまで下りることはあきらめて戻りました。
     辺りには色々な鳥の声が聞こえます。ピーッピーッとかチッチッチッとかピルルルルとか。でもなかなか姿は見えません。立ち止まってじっとしていると鳴き続けていますが、少しでも足音が聞えると忽ち飛び立ってしまいます。待望のオオルリにはとうとう出会えませんでした。一度だけ大きな樹の梢から一羽の鳥が飛び立って行くのが見えたのですが、逆光のせいもあってただ黒い色にしか見えませんでした。
     最後にもう一度、海の口牧場のヤマナシの樹と、そこから遠望する秩父連峰を眺めてから、清里へ向かいました。予定の時間より早かったので「清里現代美術館」にも立ち寄りました。ここは全くの私設美術館で、コレクションも現代美術の作品そのものだけでなく、展覧会のパンフレットから案内状に至るまで、20年間も蒐集し続けておられる努力には本当に敬服します。ヨーゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、ラウシェンバーグなどの海外の作品や、国内の恩地孝四郎から若林奮まで多岐に亙っています。
    harumipiano.JPG お昼を過ぎてから田口さんの追想サロンが開かれる「ぜぴゅろす」へ向かいます。大昔に来た時には「清里の森」は存在しませんでした。本当にここでいいのかしらと、少し不安になりながらゆっくり車を走らせて、「ぜぴゅろす」の看板を探します。地図ではすぐ横に駐車場があるようでしたが、どう行くのかわからず、道路沿のパーキングに停めて階段を上って行きました。
     ギャラリーに着くともう既に大勢の人が集まっていらっしゃいました。ほとんどが初対面の方々です。まずオーナーの桜井さん御夫妻と田口重彦さんに御挨拶。田口はるみさんとは久しぶりの再会を喜び合いました。会が始まる前に重彦さんの描かれたお作品を拝見。透明感のあるとても美しい絵です。
     そして桜井さんが「同時代」の影山恒男さんを紹介して下さいました。影山さんとは「嶺」でも御一緒でお手紙を頂いたりはしていましたが、お会いするのは今回が初めてでした。四季派学会の理事でもいらっしゃいます。雨宮テイコさんと岡島弘子さんも来て下さいました。
     追想サロン第1部が始まって影山さんは田口さんのこと、堀辰雄とリルケについてお話しされました。そのあと私は「現代文学」に掲載された田口さんの最後のお作品「ユダの像」に書かれているユダの絵を、実際にアシジで見た時のことなどを話しました。その後弟さんの田口重彦さんが幼い頃の思い出などを話され、さらに童話をお書きになっている依田逸夫さんのお話が続きました。最後に岡島弘子さんがカロッサの詩集について話されました。
     第2部は場所を変えて田口はるみさんのピアノ演奏。ショパンの「ノクターン」「幻想即興曲」、リストの「コンソレーション」「愛の夢」、アンコールのショパンの「ワルツ」。きっと彼岸の田口さんにも届いていると確信できる感動的な演奏でした。
     爽やかな高原の風と木漏れ日と、天にまで昇ってゆく楽の音に包まれた幸せな一日でした。

    八ヶ岳高原

    • 2011.07.22 Friday
    • 22:01
    JUGEMテーマ:旅行
    P1010057.JPG 田口さんの追想サロンに出席するついでに、前日から八ヶ岳高原に来ています。昔からこの高原は大好きで、子供の小さい時は皆でよく訪れていましたが、仕事で忙しくなってからは思うように休みが取れず、もう十年位来られませんでした。最後に訪れたのは確か高原音楽堂で野村万作さんと萬斎さんの狂言の会が披かれた時だったと思います。
     東京からは近くて便利ですが、関西からは新幹線、特急しなの、特急あずさ、と乗り継いで4時間位かかります。本来なら小淵沢からさらに小海線に乗らなければならないのですが、明日の帰りの列車の都合もあり、小淵沢でレンタカーを借りました。列車の中で駅弁を食べ損ねて、途中野辺山のJR最高地点のところで やっとおろしそばを頂きました。
    P1010068.JPG ホテルのチェックインまでにはまだ時間があったので、もう一か所、昔からここへ来る度に訪れていた宇宙電波観測所に立ち寄りました。私の友人はこの場所を「宇宙に一番近いところのような気がする。」と言ったことがあります。私はここへ来るといつも、この観測所でアンドロメダの研究をしておられて、夭折されたある女性科学者のことを思い出します。まだ訪れたことがない方は、野辺山の近くに行かれたらぜひ足を延ばして見て下さい。こういう望遠鏡が何台も置かれていて、(小さな電波ヘリオグラフは84台もあります。)圧巻です。
    P1010081.JPG そして最後は海の口牧場の大きなヤマナシの樹を見に行きました。いつかこの花が満開の時にもう一度訪れたいものです。
     夜、天の川を見るのを楽しみにしていたのですが、生憎の曇り空で星は全く見えませんでした。
     明日は清里へ移動する前に、杣添川の辺を歩いて、願わくはオオルリに出会えるようにと祈っています。

     

    吉野山

    • 2010.11.25 Thursday
    • 01:35
    JUGEMテーマ:旅行
    zaoudou.jpg 11月12〜13日、吉野山に一泊した。一昨年に訪れた時は緞帳の奥に隠れていらっしゃった、念願の蔵王権現さんに出会うためである。
     平城遷都1300年祭記念で、9月25日〜12月9日まで金峯山寺で100日間の特別開帳を行っていて、もちろん昼間もお参りできるのだが、宿泊者に限って特別に夜間拝観が出来るというので、1日休みをもらって出かけることにした。
     夕食を頂いてすぐ、その夜の宿から5分ほどの蔵王堂へ歩いて行くと、もう既にたくさんの人が待っている。入堂は午後8時からなので、30分ほど外へ並ぶ。何だかヴァチカンの深夜ミサを思い出す。金峯山寺の修行僧の方々がパンフレットや記念品などを配って下さった後、いよいよ入堂。団体の人と個人の入口を左右に分けて下さったので、幸いなことに向かって左側の一番前に座ることが出来た。
    maplemomiji.jpg 真ん中に一番大きな釈迦如来の化身の蔵王権現。向かって左側は弥勒菩薩の化身。そして向かって右側は千手観音菩薩の化身。私は弥勒さんが仏さまの中では一番好きなので、1時間ずっとその前に対坐することが出来てとても幸せだった。
     開式の辞の後、三礼、法螺、諸天讃(勧請段)、祈願表白、開経偈、経段、本覚讃と続き、最後に又法螺、三礼。その後法話を伺い、自由拝観。
     お堂の中は太い柱が68本あって、杉、檜、松、躑躅(つつじ)、梨などの大木をほとんど自然のままに使用しているそうである。奥深い吉野の原生林に足を踏み入れたように感じられるように。


    yoshinomomiji.jpg 翌朝もう一度朝7時からの勤行に参加する。今度は反対側の千手観音菩薩の化身の蔵王権現の前で30分。それぞれの権現さんが皆違う表情をしていらっしゃるのだということがよく判った。蔵王権現はペルシアや唐や韓国の仏様とは違って、本当に日本の仏様という感じがする。
     一旦宿に戻り朝食を済ませてから、バスで一番上の奥千本まで行き、西行庵まで歩く。日頃歩き慣れていないので、急な坂はかなり堪えた。
     山道はずっと紅葉していて、印象派の絵のような赤と黄のグラデーションの中に、西行庵はひっそりと佇んでいる。もちろん今はもうその建物はなく、往時を偲ぶための一丈四方の小さな小屋が建てられている。

     今ずっと空海が辿った道を少しずつ歩いているが、不思議なことにそのほとんどすべての場所の近くに、西行庵が存在する。
     空海の追っかけが終わったら、次は西行を・・・・と思っているのだが、たぶん生命の方が足りないかもしれない。 
     

      
     
     

    琴平から小豆島へ

    • 2010.04.25 Sunday
    • 01:08
    JUGEMテーマ:旅行        
     4月14日朝、ホテルのすぐ近くの道から金刀比羅宮へ歩いて行く。参道の大門を潜り宝物館を過ぎて少し行くと、目的の若冲「花丸図」修復記念特別展「百花若冲繚乱」の会場に着く。昨日芝居が終わってから、ホテルで全館共通チケットを購入したので、各会場の受付でスタンプを押してもらって入る。
     まず表書院の円山応挙の襖絵、奥書院の「百花若冲繚乱」、椿書院の田窪恭治の制作中の椿の障壁画などを見て歩く。若冲の襖絵の一つは第2会場の高橋由一館の一階に別に展示されている。いずれも大胆で緻密な意匠に驚かされる。
     会場を出ると本宮への道の途中に代参で有名な「こんぴら狗(いぬ)」の銅像が立っている。友人と二人で思わず記念撮影をしてしまった。
     本当は本宮まで頑張って登りたかったのだが、今日の予定にもう一つ、丸亀の猪熊弦一郎美術館を入れていたので、お参りはお預けにして、一度休憩することにする。表書院の方向と反対の方に資生堂パーラーが経営するカフェとレストラン「神椿」がある。入口のタイルには椿書院で制作中の田窪恭治さんの椿が、ブルー一色で描かれている。
     丸亀から高松港に向かい、そこからフェリーで小豆島に渡る。土庄港に着いた時はちょうど干潮の時刻になっていたので、港から銀波浦に立ち寄る。
     昔、大学の頃に一度、余島キャンプに参加したことがあった。それは日常から離れた別世界で、夜の明かりはランプだけで電燈もなく、滞在している間、本当に自然の中で過ごす素晴らしいひとときだった。その頃も干潮になると島と島との間が地続きになり、歩いて渡れる楽しい経験をしたのだが、その時には名前など付けられていなかったのに、今は干潮の時だけ現れるその道を、エンジェルロードと名付けられている。 

     夕方5時半を過ぎて大麻山を登り、西の瀧龍水寺で護摩行を体験する。ホテルに連絡してチェックインと夕食を午後八時半にしてもらって、小林龍應師もご一緒に夕食を頂く。宿泊先の「ネオオリエンタルリゾート小豆島」の支配人から伺った話によると、昨日までNHKの「八日目の蝉」の撮影をしていて、出演者が皆、このホテルに泊まったのだという。最後だったので、デザートの時にシェフも挨拶に出てきて下さって、「地産地消を目指していて、日々研究を重ねている。」と意欲を語って下さった。
     翌朝、ホテルを出て、まず醤油記念館に寄る。ものすごい冷え込みをものともせず、予定通り醤油アイスクリームに挑戦。キャラメルのような味に驚く。生憎の雨なので、車で一通りドライブをすることにして、星ヶ城や寒霞渓のあるブルーラインへと向かう。
     山上の道路に入った途端、辺りの景色は一変した。いきなり雨が吹雪に変わったのだ。傍らで桜が咲いているのに、その横では樹氷のような木々が広がっている。
     
    更にスカイラインに入り、小豆島大観音を見て、坂を下るところまで、かなりの距離を吹雪の中で走ることになり、大丈夫なのだろうかと不安が募る。ようやく海が見えてきた時は本当にほっとした。
     時計を見るとそろそろお昼の時間なので、池田港まで下り、道路沿いの「井上誠耕園」のショップの駐車場に車を置いて、そこのオリーブ園の中にあるカフェ「忠左衛門」でパスタのランチを頂く。
     西の瀧にも雪が降っているのではないかと不安だったのでカフェのオーナーに尋ねてみると、寒霞渓のあたりは1000mほどの高さがあり、大麻山はずっと低いので大丈夫だという。昼食が終わる頃には雨も止んで晴れてきたので、満開の一本桜を目当てに再び西の瀧へ上る。境内から見える海の風景は、そこにいるだけで赦されているような心持ちになる。
     友人が小林龍應師に「何とお呼びしたらいいのでしょうか?」と尋ねると、師は静かに答えられた。「行者と呼んで下さい。一生行者でいたいと思っています。」ほんの少ししか時間がなかったが、もう一度お会いできて本当に良かったと思いながら山を下り、再び土庄港から小豆島を後にした。                     
                                                 

    船の旅 その2

    • 2009.10.06 Tuesday
    • 00:50
    JUGEMテーマ:旅行
      左の写真はバスに乗る途中で見た韓国の国鳥ガチガラス。鳴き声からこの名がつけられたという。豊臣秀吉の朝鮮遠征の戦いの時、加藤清正がこの鳥が「ガチガチ」と鳴くので、「勝ち」という響きにつながることから、この鳥を日本に連れ帰り、当時藩主だった熊本にだけ、日本でも生息するのだという。

     16:30頃船に戻り、オープンバーでお茶を飲む。
      18:00釜山出港。
    釜山でのオプショナルツアーのガイドさんたちと、職員さんたちが、一列に整列して見送ってくれる。
     湾の外へ出て見えなくなるまで、そのままの姿勢でずっと立ち続けて下さっているのを見て、さすが儒教の国だと感心する。

     水先案内のPilotの船が、ずっと併船していて、最後に案内人の人が小さな船に飛び移るのだが、ちょうどデッキから見える場所だったので、一部始終を見ることができた。出港する船の波が高くてとうとう湾を出るまで、飛び移ることが出来ない。そのまま釜山港に向けて帰ってしまったので、どうするのだろうと心配していると、灯台の陰からもう一隻の船が現れて、再び挑戦。今度は無事に飛び移ることが出来て、見ていた人たちも思わず拍手。夕暮れに染まる釜山を後にした。                                   
     夕食を済ませてしばらくして対馬海峡を過ぎる頃から再び玄界灘に入りかなり揺れる。それでもたくさん歩いたからか、ゆっくり休むことができた。
     翌朝再び船長のアナウンス。すでに瀬戸内海に入り、もうすぐ来島海峡だという。往きも帰りも大体予定より30分ほど早く進んでいるようだ。昼食の頃に瀬戸大橋を、16:00頃に明石海峡大橋を通過。17:30神戸入港。今度は接岸の様子を一部始終見ることができた。しかし入港しても1時間ほど下船することが出来ない。
     飛行機と違い、どこまでも悠長なのが船旅のようだ。
     娘の一番の感想は「若い人がいない」ということだった。確かにスタッフと船員さん以外は全く見当たらなかった。

    船の旅

    • 2009.10.06 Tuesday
    • 00:03
    JUGEMテーマ:旅行
     9月の末に家族と2泊3日のぱしふぃっくびいなすPacific Venusの船旅に参加した。
     午前10時に神戸港を出港。1時間後に避難訓練がある。実際に避難用ベストを付けて、決められたボートの真下に集合するというもの。現在はこの避難訓練が義務付けられているという。(写真はそのボートの先に見えるPort of Kobe)
      昼食の後、パートナーはひたすら囲碁の対局に。(実はこの船旅は旅行のためというよりはそのためのものだった。)
      一緒に来た娘は昼寝をしてしまったので、わたしはしばらくの間ポートデッキに出て、瀬戸内海と小豆島、豊島、四国などを眺める。右の写真は小豆島を過ぎた頃の船の舳先から見た風景。
     それから船のシアターで「宮沢賢治ーその愛」という映画を見る。途中で一旦出て、お目覚めの娘と一緒にデッキで瀬戸大橋を見た後、アフタヌーンティへ。

     夕方、船のドレスコードで「インフォーマル」と定められているので、部屋へ戻って服装を整えて、プロムナードでのカクテルパーティとメインダイニングルームのディナーへ。 パートナーの囲碁の仲間の方たちとツーリストの方もご一緒。
     夕食の後、囲碁の方たちは再び対局。私たちはまた甲板を散歩して、外からその様子をこっそり拝見。その後映画の続きを見て、一日を終わる。夜、関門海峡を出てしばらくして玄界灘に入ると相当揺れが激しくなる。そのせいで夜中の2時半頃まで眠れなかった。
      翌朝8時に船長のアナウンスを聞いた後、オープンバーでコーヒーとマフィンを頂く。
     
     予定より少し早く9時半に釜山(プサン)入港。

     



    10時過ぎに下船し、バスで海雲台に向かい、ウエスティン朝鮮ホテルで韓定食の昼食を摂る。
                     
     その後、ブッシュ大統領がマラソンをするために造ったという、下にタイヤを敷き詰めてクッションを良くした道路を歩いて、ヌリマルAPECハウスへ。
     館内を見てから外へ出て、冬柏公園を散策。海辺から広安大橋Diamod Bridgeを望む。





    天川村

    • 2009.05.09 Saturday
    • 23:15
    JUGEMテーマ:旅行
     黒滝村の山間の道をどこまでも延々と走る。この村は94%が林野である「森の村」で、吉野材と呼ばれる林業で生計を立てているのだという。ちょうど「大峯奥駈」の連なる山々に平行して走ることになる。
     いつまで続くのかと思うほど森の中を走る。(これと同じ距離を山の中を歩いて修行するのか、と思うと気が遠くなる思いがする。)それでもいくつかの長いトンネルを潜ったことを思えば、昔ならもっと長いつづら折りの道が続いていたのだろう。2751メートルもの新川合トンネルを抜けてしばらく行くとようやく集落が見えてくる。
     「天川村総合案内所」の看板が出ていたので、いったん車を停め、案内マップを貰い、目的地までの道順を尋ねる。

     まず最初は「天河大辨財天(べんざいてん)社」へ。道路を走りながら案内所で教えて貰った「赤い鳥居」を探す。普通の鳥居を想像していたら、まるで鉄橋のような鉄の鳥居?だったのでびっくり。とりあえずその橋を渡って少し横に入ると、すぐその社はあった。
     別名天河神社ともいい、日本三大弁財天の筆頭・大峯本宮とされる。芸能の神様としても有名で、神殿の舞台では年に何回か、能も演じられている。ここでも役の行者が登場する。彼が弥山山頂で弁財天を勧請したことから、山頂には奥社があるという。空海もここで修業したといわれ、ゆかりの品も残っている。 

     次に向かったのは龍泉寺である。1300年昔に、役の行者によって八大龍王を祀るために草創された。現在は真言宗醍醐派に属し、本尊は弥勒菩薩。本堂とは別に八大龍王堂が建てられている。1960年まで大峯山上ヶ岳と同様にこの寺も女人禁制だった。境内には数々の龍にまつわる行場がある。
     
     右の写真は龍が現れたという龍穴。

     左の写真は大峯山上ヶ岳に入峯する前に修験者が集まって修行する水行場。龍の口から冷泉が出ている。この水行場は現在でも女人禁制なのだという。

                         





     右下の写真は龍王の瀧と不動尊。ここは男女共に修行が出来る。すぐ横にそれぞれのための脱衣場まで用意されている。
     大峯山上ヶ岳は現在でも女人禁制なので、女性の修験者はその隣の稲村ヶ岳に登るのだという。                                        
    この瀧のすぐ横の道を登って行くと、遊歩道があり、「かりがね橋」を渡って、展望台のある大原山に登ることが出来る。桜の花が盛りである。
    (左の写真の一番手前)

     本当はそこから西吉野に出て、村岡空さんのお墓参りに行きたかったのだが、思った以上に時間がかかってしまい、既に午後4時頃になっていた。あきらめてそのまま帰ることにする。
     西吉野に寄る道は想定していたが、変更して最も早く羽曳野に出る道を知るために車のNAVIを入れる。
     もう一度黒滝村には行ったのは判っているのだが、そこからどういうコースなのかわからないまま、指示に従って走る。かなり走った時、道の横に一つの神社があって、ふと見ると「丹生川上神社」という碑が立っている。大昔、家族と吉野に来た時もここにも寄ったことがあった。車を停めて境内に入る。天武天皇が白鳳4年(676)、祈雨、止雨のために創建した古社だという。
     心配しながらも、何とか夕暮までには高速道路に辿り着いた。山中ばかりでなかなか休憩が取れず、やっと入った「道の駅」はもうしまっていて、自販機で飲み物を調達するために入ったところ、そこは何と楠正成の生誕地だったというおまけまでついた。
     次の機会にはこの天川村の洞川(どろがわ)温泉に泊まって、大峯高野街道「すずかけの道」を歩いてみたいと思っている。(了) 

    吉野山 その3

    • 2009.05.06 Wednesday
    • 11:48
    JUGEMテーマ:旅行
     金峯山寺は修験道の根本道場であり、本堂の蔵王堂は国宝に指定されている。開祖役(えん)の行者が金峯山上で一千日の修行をしている時、末世にふさわしい守護仏を求めて祈願したところ、初めに釈迦如来が、次に千手観音が、最後に弥勒菩薩が現れたという。しかし、いずれも今の世の衆生済度には適さないと退けると、磐石の中から金剛蔵王権現が現れたという。
     釈迦は過去を、千手観音は現在を、弥勒は未来を体現しているが、蔵王権現がこの三世を同時に体現し、あるいはこの三世を超越していると言われている。現在は、この伝承そのままにそれぞれの本地仏の化身とされる三躰の蔵王権現が祀られているが、秘仏であるため見ることが出来ない。
     私が訪れた時も、薄暗い堂内の金襴の垂れ幕の奥に姿を隠されたままだった。その前では若い僧が一人、一心に祈祷を捧げていた。時折その垂れ幕が揺らぐのだが、なぜか自然の風のせいではなく、目に見えない何者かがその風を起こしているように思えた。
     吉野山が世界遺産に登録されたことを記念して、平成19年の秋に特別開帳されたとのことで、その時訪れることが出来なかったことが残念である。4年に1度、一般の人が参加できる「千人潅頂」が行われる予定で、その儀式の時には三躰の秘仏に対座することが出来るという。
      

     
     蔵王堂周辺をしばらく歩き、食事を済ませた後、吉野水分(みくまり)神社に向かう。
    もともとは水分の神からはじまり、「みくまり」から「みこもり」、さらに「みごもり」「こもり」という変遷を経て、現在では子授け、子守の神として信心されているのだという。
     江戸時代の国学者、本居宣長はその父がこの神社を参拝して授かった子であるということを固く信じていて、その著『菅笠日記』にもここを訪れた旅の様子を記している。

     もう一度蔵王堂の近くの大日寺の辺りまで戻り、吉野山を後にして黒滝村への林道を走る。ずっとカーブが続く山の中の道である。どこまでも緑が続き、ところどころで花にも出会える、すがすがしい道である。(続く)

    吉野山 その2

    • 2009.05.03 Sunday
    • 12:34
    JUGEMテーマ:旅行
     竹林院群芳園に戻ってから大和三庭園の一つと言われる庭を散策。
     八重桜はまだ見事に咲き誇っている。木陰にはシャガの花が咲き乱れ、ちょうど一山を巡るようになっている。
     修験道の寺院である竹林院は聖徳太子の建立であるという。与謝野鉄幹・晶子が常宿としていたので、歌碑もあり、手紙なども残されている。
     当初は「椿山寺」(ちんざんじ)と称されるほど、椿の花がたくさん咲いていたのだという。
     確かに色々な種類の椿が、桜も終わったというのにまだ咲き乱れていた。

     翌朝9時頃に宿を出て、まず如意輪寺へ。
     寺の隣に塔尾陵(とうのおのみささぎ)と呼ばれる後醍醐天皇の御陵がある。天皇陵は山の南面に造られるのが慣わしだが、この御陵だけは北向きに造られている。後醍醐天皇の遺言に従って、京都の方を向いているのだという。
     『太平記』には次のように記されている。
    「玉骨はたとひ南山の苔に埋るとも、魂魄(こんぱく)は常に北闕(ほくけつ)の天を望まんと思ふ」
     南朝の行宮(あんぐう)だったところが吉水神社である。
                                        
     頼朝に追われた源義経が、静御前や弁慶と共に、潜んでいたのもこの場所だった。室町時代に建築された書院は重要文化財に指定されていて、「義経潜居の間」や、「後醍醐天皇玉座の間」があり、それぞれのゆかりの品が残されている。
     義経の甲冑「色々威腹巻」(いろいろおどしはらまき)も公開されているが、その意外な小ささに驚いた。
     吉水神社はかつて吉水院(きつすいいん)といい、金峯山寺(きんぷせんじ)の塔頭(たつちゅう)の一つだったが、明治元年の明治政府による神仏分離令の公布、その4年後の修験道廃止令により、金峯山寺は廃寺となり、吉水院は神社に改められた。(続く)

    (写真は吉水神社から蔵王堂を望む。)

    吉野山 その1

    • 2009.04.30 Thursday
    • 00:33
    JUGEMテーマ:旅行
        

     もと来た道を戻り、吉野川を渡って吉野山を上る。大昔に来た時は花の盛りで狭い道で渋滞に堪りかねて、途中で車を降りて歩いた記憶がある。今回は既に花が終わり、葉桜のやわらかいそよぎの中を、気持ちよく登ることが出来る。しかも以前来た時にはなかった吉野山観光車道が出来ているので、広い道を楽にドライブ出来る。5月6日までは午前9時から午後5時まで一方通行の規制があるので、かなり回り道をしなければならない。やがて今夜の宿所である「竹林院群芳園」に着いた。チェックインし、しばらく部屋で休んだ後、まだ午後4時過ぎだったので奥千本まで登ることにする。

      もう一度大回りして観光車道に出てから先程通ったところから更に上へ登ってゆく。幸いそこまで行くと、まだほんの少し、白い山桜がソメイヨシノのは違う可憐な花を咲かせている。

     金峯(きんぷ)神社のところで車を降りる。吉野山の総地主神で、金鉱を守る金山毘古神(かなやまひこのかみ)を祀っている。
     本殿の横の階段を下りてゆくと、「義経隠れ塔」がある。頼朝方に追われた源義経が、ここに潜んでいたのだという。

                                                 元々は「大峯奥駈」修行のための塔である。新客と呼ばれる初めて加わった人は、この塔の中に入れられ、先達の後に続いて、真っ暗闇の中で秘歌を唱えながら堂内を巡るのだという。
     金峯神社の横から山道になる。その先に西行庵があるのだが、その日はもう夕暮が迫って来ていたので、かなり迷ったがあきらめることにした。その代り「大峯奥駈」の道をしばらく歩いた
    。(続く)

      

     



     

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    ☆12月7日にhomepageのLiterary worksに「惟」創刊号掲載の詩3篇をアップしました。 ☆11月29日にhomepageを更新しました。(Linkの欄の星夜光Intergrated Starlightをクリックすれば開きます。)四行詩に新たに作品を加えました。興味のある方はご覧下さい。 (表紙のENTERから入って目次の紫野京子の頁に行き、更にLiterary worksに進んで下さい。)

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    ☆〔五大ごだい〕地・水・火・風・空の五つをいう。一切の物質に偏在して、それを構成するもととみて大という。 ☆〔六大ろくだい〕仏教用語で、万物を構成する六つの要素。地・水・火・風・空・識。六界。密教では法身大日如来の象徴とする。 ☆〔識しき〕仏教用語で、対象を識別する心のはたらき。感覚器官を媒介として対象を認識する。六識・八識などに分ける。 ☆〔法身ほっしん〕仏教用語で、永遠なる宇宙の理法そのものとしてとらえられた仏のあり方。

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