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    永遠の謎のなかで死者と共に生きる

    • 2012.05.08 Tuesday
    • 03:11
      昔、カトリックの学校の寄宿舎で過ごしていた頃があった。石造りの建物はひんやりしていて、真昼間でも薄暗かった。その頃、真夜中になると煉獄の霊魂が現れるという噂が囁かれていた。「この世からもう一度、元の世界に戻る時、耐えられないほど苦しいから、呼び出してはいけないんですって。」という言葉と共に。私はいつも亡くなった人たちと一緒に生きていたので、ことさらに呼び出す必要はないのだと、一人でこっそり思っていた。死者はどこへ行くのか、誰にもわからない。もちろんどんな宗教でも、死後の世界のことを教えているが、死なない限り、本当のことはわからない。それでも一つだけ確信していることがある。それは死者はその人を思っている限り、心のなかで生き続けているということである。だから私たちは死者を忘れてはいけない。十二月になると神戸の街にルミナリエの明かりが点る。今年はもう阪神淡路大震災から十七年の歳月が流れた。けれど私たちは今でもあの時と同じ気持を抱き続けている。昨年の三月十一日以来、この思いはこの国すべての人の思いとなった。
      
      私たちは生きるために生きなければならない。私たちは平静な心を保つ必要がある。正義だけでは砂のように掌からこぼれてゆくものが多くある。人にはその立場によって千差万別の考え方があり、生き方がある。対立している者同士は、ほとんどの場合、相手の立場を理解することが出来ない。かつて私は義母と共に暮らした歳月の方が、実母と共に暮らした日々よりも多かった経験を持っているが、その義母が亡くなってはじめて、一度も理解できなかった彼女の思いがわかるような気がした。生きている間はどうしても向かい合って立っている以外になかったのだが、どうやら私は彼女がこの世にいなくなってはじめて、相手方の立場に立って物事を考えるということが出来たのかもしれない。私たちはこの小さな列島に生きるささやかな存在である。大自然は時には偉大な癒しとなり恵みとなるが、その反面、小さな人間の力ではとても太刀打ちできないような脅威となる。その大自然と対峙する時、私たちが対立したところで何も生まれるものはない。私たちは分断する者となってはならない。過ちを認め、過ちを正し、より善き目的に向かって手を携えていかなければならない。ただ非難したり責めたりするだけの行為であってはならない。これまで何をしたかではなく、これから何をするかを考えるべきなのだ。

       死者と共に生きる、それを原点として考えると、今現在だけの座標軸ではなく、もっともっと先の、永遠へと続く道程が見えてくる。死者のみがこの世のすべてを俯瞰することが出来る。私たちはその辛く苦しい道程を耐え続けなければならない。そのことを考えると、今はすべての人の英知を一つに結集するべき時なのだ。私たちは己の為だけに生きているのではない。一人では出来ないことも、他者と共に生きることによって出来ることもあるだろう。どんなに歳を重ねようと、一人の人間の短い一生では、生きることも死ぬことも謎のままである。それでもなお、生きている限り生きなければならない。この短い、けれど輝きに満ちた一生において、死者を心に刻み、彼らと共に生き、彼らの視点で永遠に繋がる長い道程を見ることこそ、私たちの唯一の指標となるだろう。
    JUGEMテーマ:日記・一般

    庭の楽しみ

    • 2011.10.12 Wednesday
    • 21:39
    JUGEMテーマ:日記・一般
    torinosu.jpg 夕方水撒きの時に思いがけないものを見つけました。姫木蓮の幹のあいだに小鳥の巣をみつけたのです。食堂から庭に出るサッシのすぐ前の木で、こんなに近くに鳥の巣があるなんて、とびっくりしました。
     そういえば春から夏にかけて、例年より鳥の声が姦しかったような…。でも今は蛻の殻で、どんな鳥の巣だったのかも判りません。
     昔、六甲山の麓に住んでいた頃、マンションの小さな庭にヒヨドリが巣をかけて、小鳥たちが巣立ちをするまで、子供たちと毎日欠かさず眺めていたものでした。一羽ずつ飛び立ってゆく時は、気付かれないように声を潜めて「頑張れ!」と皆で呟いていました。今回はそんな機会を逸してしまいました。
    miyaginohagi.jpg   庭の秋は少しずつ深まっていて、宮城野萩も。満開です。この花は珍しく白と赤の花が同時に咲くのです。石の上にこぼれた風情もいいものです。
    color.jpg それでもまだ夏の名残りもあって、花壇ではカラーの花が咲き続けています。
    真夏に見る花と違って、白い肌の陰りが濃くなっているようにも思います。


    松風村雨堂と須磨海岸

    • 2011.09.30 Friday
    • 00:03
    JUGEMテーマ:地域/ローカル
    matsukazemurasamesekihi.jpg 歩いて行けないほどではないが、電車に乗ると2駅目と3駅目のちょうど間。車ではしょっちゅう前を通っていて判っているのに、一度もちゃんと見たことがない場所。松風村雨堂は今までそんな所だった。10月1日に能楽堂で「松風」を見ることになって、なぜかそれまでに絶対行っておかなければなどと思ってはみるものの、まだ暑さの真只中。とても歩く気になれなくて日ばかりが経っていった。偶々毎日のルーティンワークではなく、外出する用事が入ったので、帰りに足を延ばして訪れることにした。
     山陽電鉄の須磨寺駅で下り、北東の方角に歩いて行き、離宮公園から海に向かって下り坂になっている離宮道に出て少し南に下がると、住宅地の中にこの史跡が立っている。この石碑の側面には中納言行平の歌といわれる和歌が彫られている。
     
     立ちわかれ いなばの山の 峯におふる
                まつとし 聞かば 今かへりこむ

     すぐ近くに源氏物語の光源氏が都落ちした時に住んでいたといわれる源光寺もあるが、どちらも今は風情もなく訪れる人も稀である。
    matuskazeiori.jpg  石段を上がると正面には普通の建物が立っていて、一瞬間違えたのかと思うが、左側の奥の真ん中に、かつての庵の跡に松風・村雨の姉妹が建立したといわれる観音堂が立っている。matsukazekuyoutou.jpgまたその右側には二人の姉妹のための供養塔、台座の石に松風、村雨の名が並んで刻まれている。周りには沢山のお地蔵さんが置かれていて、もっと寂しい景色を想像していたのだが、ふと村の子供たちに囲まれていた彼女たちの姿が目に浮かんだりした。  左側には柵で囲まれた中に注連縄を巻かれた大きな松の古株があり、それが行平の手植えの「磯馴松」なのだという。写真も撮ったのだが、金網のせいであまりに風情がないので、ここには掲載しないことにした。傷んではいけないという配慮なのだろうが、もう少し何とかならないものだろうか。kinukakenomatsu.jpgそしてその前には3代目だという「衣掛松」が植えられていた。
     史跡というのはこういうものだろうか。昔の風情やその空気を味わおうと思って訪れると、大抵思っていたものとは違ってがっかりすることが多い。だからその場所が思っていた通りの時は本当に僥倖なのだと思うべきなのである。自分の思っていた所ではないと感じる時には、その時こそ自分の想像力を働かせる必要がある。そして何よりも史跡は私たちにその地理的状況を確認させてくれる。今はこのように住宅地の只中で、しかも高層のマンションにも囲まれているが、往時はどうだったのだろうか。今は街路樹として遺されているのは明らかに松林だった時の名残である。南を眺めると遥かに海が光って見える。おそらくその当時はこの辺りが海岸であったに違いない。さらに松風・村雨が多井畑の村長の娘とする伝説もあるというが、もしそうだとすると今の離宮公園の北側の山を一つ越えて来たということになる。
    sumakaigannmatsu.jpg 松風村雨堂を後にして、そのまままっすぐ南に下がると須磨海岸に出る。今はもう周辺には色々建物が立ち、昔の面影は全くないが、海岸の松林には今もまさに「衣掛松」の形をした松の木が残っていた。
     海岸もシーズンを終えたせいが、あるいは台風の影響のせいか、あちこちで工事をしていた。
    ああ、夏が終わったのだなと何故か不思議な感慨を覚えた。
    sumakaigann.jpg 海の上に広がる雲ももう既に夏の雲ではない。そして子供の頃に見た海、長じて子供たちと花火を楽しんだ浜辺、それらもすべて再び帰って来ない。けれど空と海だけはいまも変わらず眼前に広がっている。
     この海の水を心のなかに湛えたまま、能楽堂の「松風」を拝見しようと思いながら須磨海岸を後にした。
                     
                        

    3人のグランシェフによる晩餐

    • 2011.07.07 Thursday
    • 02:30
    JUGEMテーマ:日記・一般
    Image017~00.jpg 昨夜は家人の付き合いで、あるホテルの福岡・京都・神戸のそれぞれのグランシェフが、協力し、競い合って一つのディナーコースを創り上げるという催しに参加した。「東日本応援チャリティーイベント」と銘打たれているように、素材はすべて東北産のもので、その収益もすべて被災地の応援のために寄付されるという。
     テーブルに置かれたメニューには、青森産林檎、東北産真鯛、奥入瀬ポーク、気仙沼産フカヒレ、というようにひとつひとつ説明が書かれている。味付けも仙台味噌などが用いられているという。
     グラニテ(食間のシャーベット)も山形産の山葡萄、デザートも宮城県産マスカルポーネとずんだ飴、南部せんべ風焼き菓子と書かれていた。
    上の写真はメインの東北産和牛を焼くグランシェフ。Image020.jpg                    
     食事の合間に3人のグランシェフのお話があったり、食後に宮城県大槌町から来られた津軽三味線の奏者による被災地報告の後、伝統的な三味線の演奏を1曲、自らの作曲による現代風な演奏を2曲の実演があった。

     舞台の上には左右対称にガラスの花瓶が置かれ、大きな緑の枝が沢山無造作に投げ込まれている。よく見ると小ぶりの白い花が咲いている。多分夏椿(沙羅の花)かなと思って聞いてみるとやっぱりそうだった。
     とても好きな花なのだが、ここしばらく見たことがなかった。京都の東林院に見に行った時のことを懐かしく思い出した。ここでこの花を見ることができるなんて思いもしなかったが、鎮魂の宴にはふさわしい花である。

    インフィオラータ神戸

    • 2011.04.24 Sunday
    • 02:50
    JUGEMテーマ:地域/ローカル
    infiolata2.jpg 昨日は兵庫県現代詩協会の会合があったので、土砂降りの中を元町まで出かけました。会が終わってから、久しぶりにお会いしたNさんと一緒にお茶を飲みながら詩の話をしたのですが、珈琲店から出てくると横の道に、入るときにはなかった花のじゅうたんが出来ていました。
     そういえばもうそんな季節なのですね。観光のために何年か前から、ゴールデンウイークの頃に、神戸の街のあちこちに、いろいろなデザインでチューリップの花びらが敷き詰められる「インフィオラータこうべ」。まだ一度も見に行ったことがなかったのですが、今年は思いがけなく見ることができました。

     昔、中学・高校の頃に在学していたのがカトリックの学校だったので、毎年5月になると「御聖体行列」が行われ、皆で手分けして花のじゅうたんを作ったことを懐かしく思い出しました。その時はチューリップだけでなく、もっと色々な花を使った記憶があります。神戸のインフィオラータはそれとは違い、全く宗教的な意味合いがないものなのですが・・・・・・。
     infiolata1.jpg                     

    書き初め

    • 2011.01.05 Wednesday
    • 00:16
    JUGEMテーマ:日記・一般
    namisuzuribako.jpg お正月休みもあと1日になりました。普段はゆっくり手紙を書く暇もないので、お正月の間に、日頃御無沙汰している方々に、出来るだけ手紙を書くことにしています。といってもほとんどは年賀状で一言だけしか書けないのですが・・・・。
     私は墨が好きなので、毎年、年賀状で書き初めをするのです。決して達筆ではないのですが、墨を磨って和紙の上に筆を滑らすのはとても心地好いのです。墨は何十年も前から奈良の古梅園の「かな用墨さくら形」を使っています。sakuragata.jpg可愛いので心が弾みます。古梅園の墨は本店だけでなく、春日神社から東大寺へ行く道の途中、手向山八幡宮の手前のお店にも置いているので、墨が少なくなってくると、奈良へ行く時に立ち寄って補充します。
     量が多い時や太い筆を使う時以外は、ほとんど嫁ぐ時に持参した硯箱(左の写真)を使っています。黒い漆塗りの上に、金彩の波が描かれ、ところどころに螺鈿で波頭が入っています。真ん中に銀彩が入っているのですが、これが岩なのか島なのか、あるいは川を俯瞰した空に浮かぶ雲なのか、未だにわからないのです。手入れをほとんどしていないので、今では銀ではなく薄墨のようになっています。
     最初は何だかもったいないような気がして、手許箪笥の中に仕舞ったままで、しばらく使わずにいたのですが、道具はやはり使ってこそ、と思うようになり、筆を持つ時はすぐ取り出せるところに置くようになりました。この硯箱と、同じ造りの大小の箱は、お揃いで持たせてくれた両親の形見のようなものです。
     実家の義母はとても書に凝っていて、百人一首や屏風などに書かれた作品も遺っています。昔の名手のさまざまな手による見事なお手本もあって、いつかゆっくりそのお手本をなぞって、毎日筆を取るような暮らしをするのが私の夢の一つです。


    今年もあと3日

    • 2010.12.29 Wednesday
    • 02:26
    JUGEMテーマ:日記・一般
           sikuramen.jpg
     今年もあと3日になりました。今年は思わぬことから毎日仕事に追われることになって、あっという間に終わってしまう感じです。し残したこともいっぱいあるような気がしますが、元気で一年を過ごせたことに感謝することにしましょう。
     ブログも思うように更新出来なくて、それでもたくさんの方にご覧頂いたことを嬉しく思っています。
    coco2010.jpg 昨日はココ(飼い猫)の今年最後の診察日でした。夏に体調を崩し、秋までの寿命かと覚悟したのですが、完全に治癒したわけではないものの、無事に年を越せることになり、ほっとしています。
     クマ(飼い犬)も薬を飲みながら元気に過ごしています。何だか家じゅうが療養生活風になってしまったようです。
     急に寒波がやって来て凍えてはいけないので、水連鉢から小さな器に引越して、メダカも玄関に入れました。
     冬支度を終了して、今日からはゆっくり休日を楽しめるので、ほんの少し優しい気分になっています。
     
     
     

    日々の日課

    • 2010.08.28 Saturday
    • 00:00
    JUGEMテーマ:日記・一般
                               ここしばらく夕方6時になると庭の水撒きをするのが日課となっている。以前は朝にしていたのだが、あまりにも忙しい(せわしい)のと、時間がなくて後回しになり、正午近くなってから水撒きをするのは、この猛暑の中ではよくないと思い、いつのまにか夕方になった。
     ゆっくり余裕が持てるのはいいのだが、蚊の大群(?)には悩まされ続けている。おかげで玄関のわきに置いている虫よけスプレーが、かなり大きな缶なのにあっという間に無くなってしまった。
     猛暑はまだまだ続いているが、庭を歩いていると確実に秋が近ついて来ているのがわかる。
     左上の花はツルバキア・シルバーレース。白と緑の縞の細い葉が重なる真ん中に、細い茎がすっと伸びて、小さな星型の花が群れて咲く。風が通ると、花も葉もゆらゆらと風と一緒に揺れ続ける。
     花壇の隅にはもう白い桔梗が咲き始めていた。秋に咲く宿根草ばかりを寄せ植えにした鉢には、もうホトトギスが次々と咲いている。
     薄紫の花弁が美しい品種で、「秋空」という名がつけられている。その名を思い出しながらこの花を見ていると、黄昏の空の色を思い浮かべることが出来る。
                                

    愛猫の病院通い

    • 2010.07.23 Friday
    • 02:19
    JUGEMテーマ:日記・一般
    cocoranancurus~00.jpg 子供同様に可愛がっている猫(ココ)が急に病気になり、この一週間ほど毎日、朝晩病院通いをしている。連日の暑さと相まって、そろそろバテ気味である。

     2週間ほど前から時々、寝ている場所に敷いているタオルにほんの少し血が付いている時があって、どこか怪我をしているのかとチェックをしてみたが、それらしきものは見当たらない。心なしか食欲もあまりないようだったが、それも暑さのせいなのだろうと思っていた。
     14日が子供の誕生日だったので、夕食の後みんなでバースデイケーキを頂こうと準備をしていると、いきなりココがテーブルに飛び乗って来て、あっという間にテーブルクロスに肉球の血染めのハンコを幾つも押して行った。もう夜の9時前だったが、獣医さんに慌てて電話し、それから連れていくことになった。怪我だとばかり思っていたのに、何と後足の肉球がもう一つ余分に出来たような状態で腫瘍が出来ていて、その場ですぐに麻酔をかけて手術。結局戻って来て無事にケーキを食べたのが夜の11時過ぎだった。
    sleepingcoco.jpg それから2日は麻酔と手術の後遺症で、ぐったりとひたすら眠り続けていて、それでも余後は順調に3日ほどで怪我の方はほぼ治ってしまった。

     3日目になって何故か時々震えるような感じで、土曜日だったのだが不安になって獣医さんに電話し、休診だったのだが夕方伺うことになった。私もその日出席するつもりだった同窓会をキャンセルし、しばらく様子を見ることにした。昼過ぎ、食堂のテーブルの下で横になっていたココが、突然手足を伸ばしたと思った途端、いきなり痙攣を起こし、ものすごい形相になり、動かなくなった。心筋梗塞? それとも脳梗塞か脳出血? と不安は募るばかり。ややあってようやく意識は普通になったようだが、足が利かないのか立ち上がることが出来ない。もう一度獣医さんに電話し、予定より早く連れて行くことになった。
     心臓も脳も異常はなく、体温も正常。けれどかなり脱水症状があるという。血液検査をした結果、急性の尿毒症で、生命の危険があるという。(通常は0-0.2の数値が144-7.5にはねあがっているという。)獣医さんもこんなことは滅多にないとと驚くほどだった。

    babycoco.jpg ココは2000年の2月3日に子供の友人が路上で拾って来た猫で、その時の獣医さんの診断によると、生まれて3日目だということだった。2時間ごとに哺乳瓶でミルクを飲ませて、ぞの時から今に至るまでずっと夜も一緒に寝ているので、私も子供のような感じだし、ココの方も7,8年位まではどこに行っても付き歩いて、ちょっと私の姿が見えないものなら泣きわめいて探す始末だった。そんな関係なので何とか助けてやりたいと思った。
     結局その日から朝晩点滴と注射に通い、3日目の検査では数値が半分にまで下がって、これでやっと生命の危険は無くなったと言われる。けれどここから通常の数値に戻るまでが難しいのだという。寿命は別なので、1週間ほど全く食べない場合はもう駄目だと思わざるを得ないので、何とか食べさそうとして、一番の好物の鯛の刺身を小さく切って与えると、何とその日から少しずつ食べるようになった。好きな物の威力というものはスゴイものだと子供と感心したりしている。
     そういうわけで私の夏休みの行事は同窓会も北海道旅行も儚く消え去ってしまった。今も朝晩の病院通いは続いているものの、ココはようやく普通に食べるようになり、今日は走ることもできるようになってほっとしている。

      
     

    小さな石楠花(シャクナゲ)

    • 2010.04.11 Sunday
    • 01:41
    JUGEMテーマ:日記・一般
            
     娘が生まれた年に植えた菊桃(花弁が菊のように細い花が咲く桃)が、昨年枯れてしまったので、その後に小さな石楠花(シャクナゲ)を植えた。「紫玉」という名前が付いている。
     紫色はほんの少し寂しいイメージがあるが、朝の庭で見ると、この花の周りだけ光が集まっているように思われる。
     写真を取った時はその逆の夕光に照らされているのだが、朝よりも艶やかな感じがする。

     秋からずっと忙しかったり体調を崩したりして延期していた、「惟」の連載のための「空海を巡る旅」へ、週の初めに出かけることにした。本当は室戸岬で日の出を見たいと思っているのだが、天気予報によるとちょうどその日は雨。何とか前倒しになって、雨雲が早めに通り抜けてほしいと願っている。
     

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    辞書

    ☆〔五大ごだい〕地・水・火・風・空の五つをいう。一切の物質に偏在して、それを構成するもととみて大という。 ☆〔六大ろくだい〕仏教用語で、万物を構成する六つの要素。地・水・火・風・空・識。六界。密教では法身大日如来の象徴とする。 ☆〔識しき〕仏教用語で、対象を識別する心のはたらき。感覚器官を媒介として対象を認識する。六識・八識などに分ける。 ☆〔法身ほっしん〕仏教用語で、永遠なる宇宙の理法そのものとしてとらえられた仏のあり方。

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