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    TAKEO PAPER SHOW

    • 2008.05.15 Thursday
    • 23:39
    JUGEMテーマ:アート・デザイン

      マイドームおおさかで開催されたTAKEO PAPER SHOWを見に行った。入口を入ると同じ建物内で新司法試験が行われていて、「試験中につき、静かにして下さい。」という立て看板が立っている。SHOWを見にくる人と、試験を受けに来た人たちとが、ちょうど対極にあるような服装と雰囲気で、すぐにどちらが目的で来館した人かが判るので面白かった。

     エレベーターで8階に上がると、フロアー一杯に若い人たちが溢れていた。何となく気後れしながら展示場に入る。かなり広々としたスペースにガラスケースが置かれ、上下にデザインされたさまざまな紙製品が飾られている。
     



      やはり一番興味があるのは、本を創る時に使える紙である。ついこの間、「惟(ゆい)」を発行する時、創刊号で使った印刷紙が製造中止になってしまって、代替の紙を探したのだが、ソフトな色合いの生成色の紙はほとんどなく、真っ白な紙を使うことになってしまった。そのせいで生成色の紙があると、つい気になって厚さなどを確かめてしまう。カレンダーなどに使う厚い紙は色々あったが、薄手の紙は本当に少ない。「本」そのものが今までのような需要が無くなって行っているのかもしれない。







                 


     和紙から作られていて、あたたかな白で、印刷にも対応でき、型押しや浮彫の文字も趣のある「わたがみ」、光沢のある白に金と焦茶だけを使った瀟洒な「ルミネッセンス」、スケッチブックそのもののように印刷できる「マットカラー」などに特に惹かれた。
       








                                                                                                                                               最近の環境問題を考えた「森林認証紙」についても特に重点が置かれ、そのしくみについて説明したコーナーも設置されていて、理系も文系も美術系も区別なく、総合的に考えなければいけない時代になったのだなとつくづく思わされた。 


     

    ブック・アンデパンダン展

    • 2007.12.16 Sunday
    • 01:42
    JUGEMテーマ:アート・デザイン


      子供が本の修復を勉強していて、以前に教えて頂いていた先生も出品なさっているというので、芦屋市立美術博物館で開催されている「ブック・アンデパンダン展」を見に行った。小さな子供が作ったものから、本格的なアート作品までさまざまな作品が展示されている。壊れやすい特別なもの以外はすべて手にとって読むことが出来、写真も自由に撮っていいのだという。

      それぞれに趣きがあっ
    て、凝った造りのものから微笑ましいほど可愛いものまで、ありとあらゆる「本」が机の上に、あるいは壁に設えられた棚に飾られている。(第一室)
     
      以前にも一度だけ大阪の谷町で開催されたグループ展で拝見したことがあるのだが、先に述べた岩淵しのぶ先生の作品は、半ば開かれた本のページが圧倒的な質感をもって迫ってくるようにも感じられ、本来は静的な存在である「本」から、たとえば風のような、あるいは波のような、動的な存在をも思い浮かべてしまう。またその分厚さからみれば、かなり力強いものであるにもかかわらず、どこまでも繊細なのである。
     
      それとは正反対に、ある作品は(作者の名をメモして来なかったので大変申し訳なく思っているのだが。)本であるにもかかわらず、一枚の額絵のように思われて、なぜか心惹かれるのだった。

      第2室は僅かな作品だけが展示されていて、宮沢賢治をテーマにしたものや、本の形をした銅版画のようなものもあった。

    ブック・アンデパンダン展:
    http://web.kyoto-inet.or.jp/people/artbooks/bookanpan/bookanpan_new.html

       なかなか興味深い展覧会であったが、なぜか不完全燃焼のような思いが残る。アンデパンダンという形式上、仕方がないことではあるが、「玉石混淆」の感は否めない。不思議なことに、この展覧会の場合、むしろ優れた作品の本来の輝きを、損なっているような気がしてならないのである。「本」であるか否か、あるいはアート作品であるか否か、という区別ではなく、作品そのものの芸術性によって、展示方法を分けて行くことも必要なのではないだろうか。またエントランスホールがあまりにもがらんどうで、この美術館の経営が、芦屋市からNPOの手に渡ったとはいえ、ほんの少し侘しいような気もする。大阪といい、芦屋といい、近隣の都市から見て、一番経済的に潤っているような気がする都市が、「文化」には世知辛いのは何故なのだろうか。
     

     芦屋市立美術博物館:
     http://www.ashiya-web.or.jp/museum/01top/f_top.html

    詩人とアーティストのクリスマスミニアート展

    • 2007.11.29 Thursday
    • 00:14
    JUGEMテーマ:アート・デザイン


      詩人の横山克衛さんにお誘いを受けて、「詩人とアーティストのクリスマスミニアート展」に出品することになった。案内の葉書をUPしてそのまま読んで頂こうと思ったが、読める位に大きくすると、このblogには掲載できない。仕方がないのでもう一度詳細を記載することにする。(下記の通りです。お時間がおありの方は御覧下さい。)
      
      collaboration ☆★ 松尾真由美 + 森 美千代 + 河田雅文
      art works ☆★ 枝川里恵 ★ 会場公一 ★ 斉藤恵子 ★ 紫野京子
                 渡辺めぐみ ★ 横山麻沙 ★ 横山克衛(代表)



      2007年12月10日(月)〜12月15日(土)
        AM11:00〜PM7:00(最終日PM5:00まで)
      ギャルリー志門
       〒104-0061 東京都中央区銀座6−13−7 新保ビル3F
       TEL:03−3541−2511
       FAX:03−3541−2512
       E-mail: g-simon@bu.iij4u.or.jp
    URL: http//g-simon.com/

     私が初めて義理の母の叔父であった藤井二郎画伯に絵を習いに行ったのは、もう40年も昔のことである。他のお稽古は何かと理由をつけて、よくサボったものだったが、油絵だけは雨の日も風の日も、暑さにも寒さにもめげずに、休まずアトリエに通い続けた。藤井二郎師は最初から、デッサンではなく油彩を用いて教えて下さった。今はどこに行ったかわからない私の最初の油彩画は、寝惚けたような濁った色調のピンクの薔薇の絵だった。3年程して二科展に初めて出品し、7回連続出品したが、3人目の子供が生まれ、仕事もしなければならなくなって、一時中断した。
      その後、12年経って今度は二科会ではなく、春陽会の研究会に入会し、100号の油彩画を書き続けたが、阪神淡路大震災を機に、全く絵を描くことが出来なくなった。
     
      この展覧会へのお誘いを受けた時、ちょうど良いリハビリの機会だと思って、久しぶりに絵筆を持った。とは言っても今回もまた12年のブランクがある。何よりも困ったことは、準備をしていざ描こうと絵の具のチューブを回すのだが、どんなに力を入れても開かなくなっていることだった。ルソルバン(画溶液)も粘りが強くなっていて、使い物にならない。結局チューブは皆お湯につけてやっと蓋を回せるようになった。画溶液の方はペトロールとポピーオイルを混ぜて使うことにした。
      二科展に出品していた頃は風景画を描いていたが、春陽会の研究会に行くようになってからは、抽象画を試み、悪戦苦闘をしていた。今回はあまり難しく考えるのはやめて、春夏秋冬と四季の画を一枚ずつ、F0のキャンバスに油彩で描くことにした。とはいえ、未だに完成していないので、もしかすると4枚揃わないかもしれない。
      100号の大きさの絵を描いていた時は、丸一日他のことは何も考えず一心不乱に描いていたので、それなりに発散する部分があって充足感があったが、逆に体力を使い果たして、その日の作業を終えるとソファにぐったり倒れ込んだりしていた。
      今は0号の小さな絵を描いていると、余力を残しながら本当に楽しむことが出来るので、これからの歳月にはこの遣りかたの方が相応しいような気がしている。
      私の絵のサイクルはどうも12年ごとに訪れるようなので、せめて今から12年は中断することなく続けたいと思っている。


    モディリアーニと妻ジャンヌの物語展

    • 2007.09.19 Wednesday
    • 23:50
      大阪に出かける用事があって、帰り道に大丸梅田店で開催されている「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展」MODIGLIANI ET HEBUTERNE,LE COUPLE TRAGIQUEを見た。展覧会の題名通り、半分以上がジャンヌその人の作品である。そのせいというわけではないが、私のこれまでのモディリアニの作品に対するイメージよりもはるかに明るく、どちらかというとモディリアニの作品展というよりも二人の愛のメルヘン的要素が高いような気がする。ジャンヌがモディリアニの死後に描いた水彩の連作(二人が出会った頃、南仏ニースでの幸せな日々、モディリアニの死、そして自分自身の自死と続く)が一番印象に残った。(〜9月24日まで)

     以前に開催された同じ大丸の神戸店でのサン=テグジュペリの星の王子さま展」や、東京の国立新美術館での「モネ大回顧展」などを見た時も思ったのだが、最近の美術展はこれまでのようなただ作品を陳列するというものとは違い、企画者の意図がかなり強く入ったものになっている。その意欲は必要であるとは思うが、本来もっとも必要であるはずの作品から観覧者へのインパクトが削がれてしまうのではないかという危惧を抱いている。本来、作品を鑑賞するということは、観る者がその作品と静かに深く対峙することなのだと思うのだが、昨今のようにあまりにも企画者の観方を前面に出してしまうと、その流れに沿ってしか作品を見ることができず、見終わった時に感動を覚えることもなくその場から離れる以外にない。それではあまりにも惜しいような気がする。

    見果てぬ夢ー日本近代画家の絶筆  

    • 2007.06.20 Wednesday
    • 23:55
     ポスターに描かれた画家古賀春江の「サーカスの景」に惹かれて、兵庫県立美術館の「絶筆」展を見に行った。総数107点に及ぶ作品は思っていたよりも遥かに多く、「絶筆」という先入観を抜きにしても優れた迫力のある作品群だった。
     カタログに書かれた平井章一氏の「本展について」と題された文によると、「少なくとも美術館でこうした展覧会が開かれるのは、日本ではこれが初めてのことである。」平井氏は10数年前からこの展覧会の構想を温めて来られ、阪神淡路大震災に遭遇し、その関心はますます高まるが、なかなか具体化の機会を見出せず、今回ようやく兵庫県立美術館(2007年5月29日〜7月8日)、松本市美術館(7月13日〜8月19日)、富山県水墨美術館(8月24日〜9月30日)の3館共同企画展として実現したのだという。

    青木繁の「朝日」、三岸好太郎の「貝殻」、村上華岳の「牡丹」、藤島武二の「港の朝陽」、松本竣介の「建物(茶)」、曽宮一念の「毛無連峯」など、心惹かれる作品が並ぶ。
     北脇昇の「素描6点」は、色鉛筆で描かれた花の絵(前、後期で3点づつ展示が分けられ、今回見たのはそのうちのマーガレット、ダリア、菊などが描かれたもの)で、絵日記のように日付が入れられている。
     海老原喜之助の「白い鳥・黒い鳥」は布に油彩で描かれた2羽の鳥の下に、人物の顔と思われる素描が描き込まれ、単純な線ゆえに、絶命によって途絶えた画業の無念さがなお一層伝わって来る。
     私が絵を習い始めて故藤井二郎先生のアトリエに通っていた頃に傾倒した、森芳雄の絶筆に出会えたことも感慨深いことだった。「人間をみつめつづけ描くことが生涯のテーマであった森が、最後に描いたのは《道》であった。」白と青のトーンで描かれた画面には明るい静謐が漂っている。
     赤松麟作の「海」には新鮮な感動を覚えた。これまで見た彼の作品とは全く違った自由な明るい画風で、紫とブルーとクリーム色で空と海を描いている。この作品を描いた年に、75歳で生涯を閉じたということにも驚かされる。
     それとは逆に坂本繁二郎の「幽光」は一目見ただけで彼の作品であると判る。白いちぎれ雲と、雲に隠れた満月、月光に照らされた林が、青や紫、緑の柔らかな色調で描かれている。
     瞽女の絵で有名な斉藤真一の「街角」は、誰も坐っていない椅子が置かれた無人の石畳と、ほんの少し開けられた硝子戸の奥の空間の闇(絵そのもので言えば黒)が、画家の旅立っていった黄泉の空間をも思わせて印象に残った。
     「絵描き」であるということは、描いて描いて描き続けて、「死ぬまで描く」存在であるということなのだと、あらためて心に刻んだ一日だった。

    滋賀の美術館巡り

    • 2007.04.21 Saturday
    • 20:11
     今月は2度も滋賀県内の美術館に行くことがあった。一度目は滋賀県立近代美術館。以前に来たときは車だったが、今回はJRの新快速で石山まで乗り、普通に乗り換えて瀬田駅で降り、そこからバスに乗った。(予断だが、帰りはたとえ高槻まで各駅停車であれ、快速に乗るのをお勧めする。行きと同じように石山まで普通に乗り、新快速に乗り換えたのだが満員。京都で席が空くかと思ったが、さらに満員の度合いは増すばかり。結局大阪に着くまでは立ったままだった。)
     とりあえず美術館に戻ろう。今回の展示は「志村ふくみの紬織りを楽しむ」。すでに1月から始まっていて、常時35点ずつの展示で中2回の展示替えがあった。私の見たのはその最後の会期の時であった。その中で一番心惹かれた作品は「谷間」と題された平成4年に作られた着物である。ほとんど色のない生成りの地色に控えめな紫のラインが入ったもので、紬の地が素朴で、かつ豊かさを湛えて広がっている。紫は何の象徴なのだろうか。「谷間」のイメージを思い浮かべてみる。光が降り注ぐのではなく、光が立ち昇って来る空間に影のように浮かんでいる紫の花。桐の花か、藤の房か。あるいは名も知らぬ草の花か。いずれにせよ、谷間にひっそりと咲く清らかな可憐な花であろう。
     志村ふくみの織はいつもどこかに光を隠し持っている。「塔」(雪、月、華)と名づけられた連作はクロード・モネの「ルーアン大聖堂」の連作を思い出させる。モネは同じ位置から約30点の同じ構図の大聖堂の絵を描いている。朝霧が立ち上がる前の瞬間から夕方最後の陽光が消える一瞬まで。彼は大聖堂そのものを描いたのではなく、光を描いたのだ。志村ふくみもまた布を織ることによって光を描いたように思われる。それはおそらくシュタイナーの影響もあるに違いない。彼女自身が人智学の偉大なる思想家ゲーテの『色彩論」についてエッセイの中に書いている。かなり以前に京都の何必館で開催された展示を見たときには薄物が多かったせいか、本当に布や着物が展示されているというよりも、光そのものを見たような気がした。
     今回、もう一つ興味深かったのは、着物や反物ではなく、雛形やコラージュの展示である。現代美術で有名な佐谷画廊プロデュースの「志村ふくみ展―裂を継ぐ」からこのようなかたちが生まれてきたようだ。きわめて緊迫し、根を詰めるであろう永年の織の作業の果てに、まるでクレーやマティス(彼女自身も書いているが)のような、このような色と遊ぶ世界が広がってゆくことを喜びたいと思う。
     もう一つ、とても嬉しい展示があった。今年の初めに出版された志村ふくみの『小裂帖』の原本を見ることが出来たことだった。これまでに織られた布地の(文字通り)裂を彼女自身が貼った「裂帖」である。それは単なる「裂きれ」を収めたものではなく、彼女自身の永年の精根と、苦楽と、何よりも愛情がぎっしり詰まった、魂そのもののような「作品」である。
     今回の「志村ふくみ展」は私の最大の道楽である「着物」欲??を大いに満足させてくれただけでなく、芸術についても考えさせてくれた。また帰り道に美術館の園内に置かれた亡くなった山口牧生さんの彫刻に再会できたことも幸せなことだった。

     滋賀で訪れた美術館のもう一つはMIHO MUSEUMである。何年か前に尾形乾山展を見に来たことがあった。今回は信楽に親戚の見舞いに行き、その帰りに立ち寄った。残念なことに後30分で閉まるということで、正門からさらに電気自動車で上がって行かなければならず、美術館の中へ入るのはもう無理だということであきらめた。美術館への坂道には枝垂桜がずっと植えられていて、それだけでも見て行って下さいとガードマンが勧めてくれたので、エントランスから少しの間坂を上った。枝垂桜はまだ五分咲きだった。

    一本の辛夷が光を集めて立っていた。

    NAOSHIMA STANDARD2 その3

    • 2007.04.13 Friday
    • 19:14
    大竹伸朗 「舌上夢/ボッコン覗」











                        」

                              上原三千代「いつかは眠り猫」


    style=
      直島の生きた猫。何となくトトロを思い出す。

     (直島便りはこれで終わりです。NAOSHIMA STANDARD2も15日で終わります。)

    NAOSHIMA STANDARD2 その2

    • 2007.04.13 Friday
    • 01:17
    千住 博「ザ・フォールズ」の一部を倉の外から眺める。"  style=



     style=   須田悦弘「椿」2006”



    三宅信太郎「魚島潮坂蛸峠」"         style=

    MUSEUM&OVAL

    • 2007.04.13 Friday
    • 00:08
     夕食の後、MUSEUMを見て歩いた。家の中を歩くように美術館の中を歩けるのは素敵なことだ。昔、100号の油彩キャンパスを担いで行って散々酷評を受けていた春陽会の研究会で、親しく教えて頂いたある画家の愛した、ラウシェンバーグの実物の絵に会えたことは嬉しいことだった。
     夜遅くMUSEUMからゴンドラに乗ってOVALに上った。ドアを開けるのに手間取っている間に下でスイッチを押されてしまって、降りる前にもう一度下の駅に戻り、2往復する羽目になったが、夜のOVALは神秘的だった。明かりに照らされた人口の滝、灯影を映す池、屋上からの海景、さらに見上げると満天の星。都会ではこれほどの明るい星に出会うことはない。

     翌朝MUSEUMをチェックアウトして、途中、大竹伸朗の「シップヤード・ワークス」や、他の屋外作品を見てから、朝食を摂るためにPARKまで歩いた。その後Benesse Houseを後にしてバスで本村ラウンジ&アーカイブに向かう。
     さていよいよここからがNAOSHIMA STANDARD2である。入場カードを首に掛け、ガイドブックを見ながら、村の中に散らばった「家プロジェクト」を訪ねて歩く。面白いことに作品としての「家」の間にある民家が、夫々に意匠を凝らしたり、見せる工夫をしていることだ。各戸の門には加納容子の作品である暖簾も掛かっている。こうして歩いてみると総合プロデューサーの福武總一郎の「アートの日常化」の意味もわかるような気がする。










    地中美術館

    • 2007.04.11 Wednesday
    • 01:25
     安藤忠雄そのものの建築の中を歩いていく。ここでもやはり雨に濡れて歩かなければいけないところがあった。(わずか10m程の距離なのに定番の白いビニール傘が置かれていたのには笑ってしまったが。)コンクリートのモノトーンの中の木賊の緑は美しかった。長い通路の果てに暗闇の中に入る。そして靴を脱ぎ、白い部屋へと導かれる。
     モネの絵は美しかった。そしてモネの絵は抽象なのだとあらためて実感する。静けさ。激しさ。そのいずれもが絵の中に存在する。これまでにおそらく数え切れないほどのモネについての評が書かれたであろうが、モネの絵はただ見る以外にはないのだと思う。
     次にジェームズ・タレルの「アフラム・ペール・ブルー」「オープン・スカイ」を見る。見るというよりも経験するというべきかもしれない。いや、それも正確ではない。見るための装置、というべきなのか。彼は限られた矩形の中へ無限を容れようとする。しかも刻々と変化してゆく無限である。私が見たものは青い空と雲だった。しかし一瞬として同じもの、留まるものはなかった。それはどこまでもうつろいゆき、しかも永遠につながるのである。「雨上がりの青空と流れる雲」がその時私が見た光の表情だった。そのわずかな時で、夕映えや星空を見ることは叶わなかったが、見えないからこそ私たちはその豊穣さを感じることが出来る。想像のなかで。
     タレルのもう一つの作品、「オープン・フィールド」は不思議な空間である。詳しく語ってしまうと今後訪れる人の楽しみを奪うことになるので、これ以上は言わないが、霧のなかで色と光に包まれるのだ。私たちは出会っていたかもしれない。こんな空間に。もしかすると生まれる前に?あるいは死後に?
     最後の作品はウォルター・デ・マリアの「タイム/タイムレス/ノー・タイム」である。その空間は無宗教の聖堂のようだった。しかも地球そのものだった。そしてその地球はどの角度から見ても空を映していた。そして同時に私自身もそこに映っていた。
     地中美術館から出ると、空はすっかり晴れていた。museumの部屋に帰ると夕映えが辺りを包んでいた。

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    辞書

    ☆〔五大ごだい〕地・水・火・風・空の五つをいう。一切の物質に偏在して、それを構成するもととみて大という。 ☆〔六大ろくだい〕仏教用語で、万物を構成する六つの要素。地・水・火・風・空・識。六界。密教では法身大日如来の象徴とする。 ☆〔識しき〕仏教用語で、対象を識別する心のはたらき。感覚器官を媒介として対象を認識する。六識・八識などに分ける。 ☆〔法身ほっしん〕仏教用語で、永遠なる宇宙の理法そのものとしてとらえられた仏のあり方。

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